妖精譚

基本気まぐれ不定期でラノベなどの名言pickや解説、感想を投稿します

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 10巻 【重要文&名言集】

 

 目次

 

幕間(迷執手記)

 男は聡明であり、至妙であり、そして偉大な工匠であった。

 彼はありとあらゆる工芸品や建造物を作り上げることができた。文化や文明にさえ貢献する彼の技は神々の称賛をほしいままにし、白亜の巨塔をもその手で完成させた。優美にして荘厳、あらゆる建造物より天に迫るその塔は神々に相応しいものとして後に   【神の塔】と名付けられることになる。

 まさしく男は絶世の天才であった。過去と未来にかけて、他の追随を許さぬほどの。

 あらゆる発明など、彼には造作もないことだった。

 自分に作れぬものはない。

 男は己が世界一であると疑っていなかった。

 だが__その男は世界の最果で魅せられてしまった。

 大陸の片隅で口を開ける『大穴』。

 己の足もとに広がっていた、地上とは異なるもう一つの世界。

 不可思議な燐光に満たされ、見たことのない草花や鉱石を有し、錯綜する迷路を描く。何層にも分かれた階層は新たな領域へ進む度にその景観をがらりと様変わりさせた。無限の怪物を産み出す魔窟であり、深淵へと続こうかという地下迷宮。

 地上から切り離された壮大な閉鎖空間は、彼の目には『作品』として映った。

 人の与り知らない巨大な意志が作り上げた超自然的な創造物。男は気付けばその秘奥を知るために体を鍛え、『器』を昇華させ、迷宮の奥へ奥へともぐっていた。

 そして知れば知るほど思い知らされた。

 人智では計り知ることのできない複雑怪奇な構造を。造形を。

『ダンジョン』の神秘を。

 男は壊れた。

 打ちのめされたのだ。

 言うなれば神羅万象が内包されたかのような、混沌を極めた『美』に。

 壊れた男の喉から迸った絶叫は、まさしく人を止めた『怪物』の産声のそれであった。

そこから男は執念に取り付かれた。

 与えられた使命をこなしていく傍ら、着実に常軌を逸していき、誤った道を進み始める。常人には理解できない作品の数々を作り上げ、かつての天才はいつしか『奇人』と称され嘲られるようになる。やがて、ある日を境に男は歴史から姿を完全に消した。

 己の技術の粋を持ってして、何ものにも代え難い妄念の力をもってして、彼の地下迷宮を上回るもう一つの『世界』を創造せんとしたのだ。

__人の手にあまる領分であろうが、知ったことか。

__必ずやそれを超克して見せる。

__神ですら至らぬ領域であるというのなら、まずは神をも超えてやろう。

 皮が破れ、肉を剥き出しにし、血がいくら流れようとも、杭と鎚を握るその両手は止まることはなかった。誰に知られることもないまま、男は妄執の道をひた走った。

 だが、彼の野望は志半ばで潰えることになる。

 寿命という人間の限界だった。

 男は人である己の身を憎み、動かなくなっていく手足に絶望を覚え、燃えつきようとする命の期限に慟哭した。そして__苦肉の策として、呪いの遺言をある手記に残した。

 彼が思い描いた、『設計図』とともに。

 相伝する血という名の系譜に、己の名を冠する後世の者達に、男は全てを委ねたのだ。

『作れ、作るのだ!

 あれに勝る創造物を、我が願望を!!

 使命を遂げるのだ!!名も顔も知らぬ末裔等よ!

 ひと度この手記に目を通したならば、血の呪縛からは逃れられない!

 狂おしい飢えと乾きは癒せまい!臓腑を焼き焦がす衝動の言いなりとなれ!!

 欲望を貫くのだ!

 血の訴えに従順であれ、

 渇望に忠純であれ!

 大望を、大望を、大望を!

 呪われし我等の宿願を果たすのだ!!』

 

 

 

 6章(嵐の前の)

「それで、あの、今日はダンジョンに行って、すぐ帰ってくるつもりなので、お昼ご飯は・・・その、ごめんなさい」

 受け取ったバスケットを返さなくてはならない。また情けない顔でいるところをこの人に心配させてしまうかもしれない。そう思った僕は咄嗟に今日の昼食を断っていた。

 下手くそな笑を作って、後ろめたさ一杯で謝っていると・・・こちらをじーっと見つめていたシルさんは、1歩、僕の懐に近寄ってくる。

「えっ」  

「ベルさんは、元気になーる、元気になぁーるー」

「・・・」 

「ベルさんは、笑顔になぁーるー」

「・・・あの、シルさん?」

「えいっ」

「あたっ」

止めとばかりに鼻をつんっと押され、声が漏れる。

「元気が出る、おまじないです。・・・孤児院の子供達にも、やってあげるんですよ?」

驚いていた僕はそれを聞いて・・・本当に、力の抜けた笑みが顔から出てきた。

 多分、しばらく浮かべることを忘れていた、自然な笑顔。

 目の前で嬉しそうに笑うこの人に、僕は確かに、元気をもらった気がした。

 

 

 

「お前はどうするつもりだ、ヘスティア?」

「・・・ボクが一番大切なのは、ベル君達だ」

 ベル達を守る。ベル達とともにいる。それはヘスティアの偽らざる意志だ。

 そして、その上で__。

 「__ベル君達が何かを決めたのなら、ボクはそれを応援するし、支えるよ。『異端児』君達を助けたいって言うのなら、力を貸すさ」

「ふむ・・・」

「主神の命令なんかで、行動を押さえ付けたりはしない」

 女神(ヘスティア)は少年(ベル)の背中に『恩恵』を刻み付けた時から変わらない想い__己の神意を打ち明けた。

「これは、あの子達の物語(みち)だ」 

 彼等の決断に委ね、助け、見守っていきたい。

「・・・不安じゃないって言えば、嘘になるけどさ」

 仮面の奥からじっと凝視してくるガネーシャから視線を外し、ぽつり、と正直な気持ちも語る。

「・・・ガネーシャは、どう思う?どうなると思う?」

「ぶっちゃけ、わからん」 

「だよねぇ・・・」 

「だだ」

「?」 

「本当に異端児達が、いや怪物(モンスター)達が闘争を望まず、共存を願っているというのなら__」 

「俺場   【群衆の主(ガネーシャ)】を止めて__   【群衆と怪物の主(ネオ・ガネーシャ)】になろう!!」 

「・・・初めて、ガネーシャがカッコいいと思ったよ」 

「俺は、ガネーシャだからな!」

 

 

 

7章(サンゲキの王者)

蜘蛛の糸・・・道標(アリアドネ)ってか?させねえよ」 

 嘲りの笑みを見せる眼装の男に、ラーニェは眉を逆立てながら体を震わせた。

 この男は聡い。奸智に長けている。

 仲間からも恐れられる本性は残虐そのものでありながら、常に冷静な視野を広げ、慎重と保険を忘れない。地上のフェルズ達と『異端児』が今日まで狩猟者(ハンター)達の正体や住居(アジト)を掴むことができなかったのも、この男がいたからだとラーニェは悟った。

 

 

 

「・・・・じ、自分でくたばりやがった」

「ほぉー・・・格好いいじゃねえか。あぁ好きだぜ、そういうの」  

「そうなんだよなぁ〜。自分を好きにしていいのは自分だけだ、指図も何も受けねぇ。気が合うじゃねえかよ」

 

 

 

「アイズさんは・・・」

「怪物(モンスター)に、なにか生きる理由があったとしたら・・・僕達と変わらない感情を持っているとしたら、どうしますか?」

 言ってしまった。

 人と同じように笑顔を浮かべ、人と同じように悩みを抱え、人と同じように涙を流す『怪物』と出会ったら__それでも貴方は剣を振るえますか、と。

  憧憬の剣士に、問いかけてしまった。

「・・・」

 要領を得ない筈の質問にもかかわらず、安易に答えるでも、疑問に思うでもなく、真摯に受け止めて僕に返す自分の答えを探している。

「私は、怪物(モンスター)が危害を加えてくるなら・・・ううん」

「怪物(モンスター)のせいで誰かが泣くのなら__私は怪物(モンスター)を、殺す」

 

 

 

8章(動乱都市)

「フェルズ__ベル・クラネルを強制任務(ミッション)に組み込め」

「・・・ウラノス、それは」

「ここで見極める。あの少年を・・・『異端児』達の手を取ったという、たった1人の冒険者を」

「状況に流されるだけの子供か、神に踊らされる人形か、あるいは・・・」 

「わかった・・・貴方の神意に従おう」

 

 

 

「しかし、ベル君を巻き込むときたか・・・やってくれたな、ウラノス

普段飄々としている優男の神にとって、極めて珍しい表情であった。

「・・・意外です。試練だと何だと喜んで、進んでベル・クラネルをけしかけると思っていました」

「オレは今回の件に関しては、ベル君に関わってもらいたくないと思っている」 

「艱難汝を玉にす・・・だったかな?タケミカヅチが言っていたのは」

「・・・」

「苦難を乗り越えてこそ英雄というのは、その通りではあるんだが・・・今回の騒動は、オレが思い描く道程とは大きく異なる」

 己の神意にそぐわない、と告げるヘルメスは。

 次は危ぶむかのように、声を打った。

「一歩間違えれば破滅だぜ」 

 

 

「最初からわかっちゃいたけど、アレに店の従業員は無理だね。料理はできない、愛想もない、何より身内に甘過ぎる。正義感なんて面倒なものも持ってるから、同じ場所にじっとしてられない質だよ」

 最近ようやくマシになってきたと思ったら、とぼやくミアは、次にじろっとシルを見やった。

「リューに言っておきな。行きたい場所があるんだったら、さっさとこの店から出ていきなってね。中途半端に居座られてもいい迷惑さ」

「・・・わかりました。伝えておきます」

「それで・・・今度もまた、見逃してもらっていいですか?」

「どうせ今日はもう、碌に客は来ないだろうね。することもない」

「はい」

「で、あの坊主もすっかりウチのお得意になった・・・馴染みの客がいなくなるってことは、美味い飯を食わせてやるヤツがまた1人になくなるってことさ」

「それじゃあ?」

「目を瞑ってやるよ」

 

 

 9章(獣の夢)

「貴方はずっと元気がなかった。シルが心配している・・・私も」

「・・・」

「貴方が何を思ってモンスターを追いかけようとしているのかはわからない。ですが、私は・・・件の派閥に貴方を関わらせたくない」

 抑えきれない激情をその瞳に宿しながらも、何かを危ぶむように、何かを恐れるように、リューは右手を差し出す。

 この同じ階層で、手を握り合ったいつの日かと同じように。

「地上に、帰りませんか?」

 リューと視線を絡め合う。

  引き止めようとする彼女の手を前に、ベルは、一歩後ろに下がった。

「そうですか・・・」

 二度目の沈黙による答えと、揺るがない意志に、リューは目を伏せる。

 彼女の優しさを無碍にする罪悪感にベルが耐えていると、不意に凄まじい高周波が戦場の方角から鳴り響いてきた。

「貴方は、すっかり『冒険者』になってしまった」

「リューさん・・・」

「止めても無駄なのでしょう。行きなさい」

 そう言って、リューは腰に巻いていた小鞄(ポーチ)を差し出す。

 高等回復薬(ハイ・ポーション)を始めとした道具の詰め合わせだ。

「ただし、私もすぐに追わせてもらいます」

 討伐隊の危機を払拭した後に、と。

 そのように続ける彼女を、ベルも拒むことはできなかった。

 差し出されている彼女の想いを受け取る。

「ありがとうございます。リューさん・・・ごめんなさい」

 

 

 

__強い。

 能力(ステイタス)が下がろうが、ディックスの『技』と『駆け引き』は消えない。

 当然だ。彼の戦闘技術は、培ってきた経験は本物なのだから。

 たとえベルの能力(ステイタス)が、速さという最大の武器が伯仲に迫ろうとも、場数という名の『経験値』はかけ離れている。狩猟者(ハンター)ディックス・ペルディクスは、強力な『呪詛(カース)』がなくとも、掛け値なしに強い。

 

 

 

「【リトル・ルーキー】。どうしてダイダロスの系譜が、イカれた先祖の遺言なんぞに従ってきたか・・・千年も人造迷宮(クノッソス)に付き合ってきたか、わかるか?」

「血が、そうさせるんだ」

「え・・・?」

「血がよぉ、言ってくるんだよ」

 眼装(ゴーグル)の上から、その赤い瞳をあらん限りの力で押さえつけながら。

 熱の帯びた声で、男は言い放つ。

「ざわつきやがるんだッ、この馬鹿みてえな迷宮を完成させろってなぁ!!」

「っ___」

「居ても立ってもいられねえ!!ダイダロスの血が駆り立てやがる!」

「このゴミみてえな薄汚え場所で生まれた時からそうだ!人造迷宮(クノッソス)が、『手記』に書かれた『設計図』が、俺達を引きずり込んでドロドロに溶かしやがる!!誰も逃れられねえ、この血の呪縛からは!!」

 ディックスは、笑っていた。

 笑いながら、激憤と怨嗟に満ち溢れていた。

 見せつけられる激情の奔流に、ベルはおののいてしまう。

__血の呪縛。

「ふざけてんだろう、なァ!?俺に命令していいのは__俺だけだろうが!?」

 憶測と可能性の間で当惑するベルは一つだけ、わかったことがあった。

 目の前の男、ディックス・ペルディクスは。

 彼の言う血の呪縛に抗おうとするほど、凄まじい『我意』を秘めている。

「・・・俺はこんな迷宮なくなっちまえと思ってる。嘘じゃねえ」

「俺は世界中の何よりも、この迷宮が憎い」

 だが壊せねえ。

 血が止めるんだ。ダイダロスの『呪い』が。

「一時期、ダンジョンに八つ当たりした時期があったぜ。始祖(ダイダロス)も、系譜(おれたち)もおかしくさせたあの地下迷宮が憎くてな。モンスターどもを殺して、殺して、殺して、殺しまくった」

「・・・!」

「だが、当然満たされねえ」

「どうすれば俺は満たされるのか・・・迷宮を作りながらずっと考えていた、その時だったなぁ、喋る化け物どもを見つけて、狩りを始めたのは。確か・・・あぁそうだ、威張り散らしていたゼウスやヘラの連中が消えた後だ」

「普通のモンスターとは違う。泣きやがる、命乞いをしやがる。ダイダロスを狂わせたダンジョンから産まれた、化物どもが、だ。・・・ははっ、堪らねえ」

「___」

「__俺は見つけたぜ、『呪い』に代わる『欲望』を!!」

「あの化物どもを辱しめ、泣かせて、絶望させて、ゴミクズみたいに扱ったところで、俺は初めて満たされる!!血の飢えを鎮めることができる!!」

「なっ・・・!?」

「ご先祖様の言葉通り、俺は求めることに純粋になった!」

「快感だぜぇ~!血に勝るってことはよぉ!?それは自分を超えるってことだ!!酒でも薬でも満たされねえ__最高の快楽だ!!」

 その男の逸した狂気を目の当りにして、ベルは理解してしまう。

 つまり、ディックスが『異端児』達に犯していることは既に過程に過ぎず。

 その本当の目的は、己の欲求とその獰猛な加虐性うぃ充足させることにある。

 血の呪いさえ一蹴する、凶暴な『欲望』を。

 彼は自分の求めを__何よりも代え難き嗜虐心という名の『我意』を満たすために、行動しているのだ。

 鍛冶貴族の血と今も戦っているヴェルフとは違う。彼と比べるのもおこがましい。

 ディックスは血に抗うことを止め__それ以上の『欲望』を解き放ち、怪物以下の『獣』に成り下がったのだ。

「そんなことのために・・・!」

「そんなこと?」

「取り消せよ、ガキ」

「わからねえだろう、逆らえねえ血の衝動ってものが」

「目玉の奥が焼き切れちまうほど、自分じゃどうにもならねえ『呪い』ってやつがなぁ!!」

 

 このモンスターが行っていることは人類に対する『殺戮』ではなく、『闘争』。

 そんな考えが過ぎる。そしてその違いが何を戦闘にもたらすのか、リューは身をもって知っていた。殺戮者と戦士の違いは留まることの知らない高みへの渇望、そして勝利への執念である。

 

 

 

「どうせ、成り行きでここにいるんだろう!正直になっちまえ!」

 そうだ、成り行きだ。

 異形の少女を見つけて、   【ファミリア】を巻き込んで、巻き込まれて。

 全部全部、成り行きだ。

 もしかしたら、自分で決めたことは、何もなかったのかもしれない。

 状況に流されるままで、何一つ決断していなかったのかもしれない。

 だから、これは代償だ。

 今が、支払う時だ。

 答えを出す__その時だ。

 

 

 

「化物を助ける義理が__どこにある!!」

「なっ__」

「誰かを救うことに、人も『怪物』も関係ない!!」

「助けを求めてる!!」

「十分だ!!」

 ほかの誰でもない、誰の言葉でも意志でもない。

ベル・クラネル、君は・・・」

 その少年の咆哮に、フェルズは静かに呟いた。

 同時に、暴れ回る『異端児』達にも変化があった。

 あるモンスターは肩を揺らし、あるモンスターは何度も胸を上下させ。

 ある石竜(ガーゴイル)はその石の瞳を大きく開き。

 ある蜥蜴人(リザードマン)は、その雄黄の眼から水の粒を落とした。

「__お前、偽善者だな!!」

「ならお前は人も怪物(モンスター)も救うってのか!?誰も彼も助けるってか!?」

「っ・・・!!」

「無理だろォそりゃあッ!?ガキでもわかるぜ!」

ベル・クラネル、てめーは兎なんかじゃねえ!てめーは、蝙蝠だ!!」

「っ!?」

「うっ・・・!?」

「あぁ、つまらねえ・・・要は、頭の足りねえただのガキだったか」

「もういい。くたばれ」

「ありがとう__」

「___ベルっち」

「なっ__ぐぉ!?」

「て、てめえっ!?」

「ちくしょえ、嬉しいなぁ、嬉しいぜ・・・訳のわかんねえ力なんて吹き飛んじまうくらい!」

「人間の言葉っていうのはっ・・・こんなにっ、体を熱くさせてれるんだな・・・!」

「ごめんな、ベルっち・・・ありがとう」

 

 

ベルは、こちらを見下ろすアイズと視線を交わしていた。

 憧憬の少女はベルだけを見つめている。

 その金色の瞳は、問いかけている。

 どうしてそこにいるの?と。

(ぅ、ぁ__)

 途端、ディックスの言葉が脳裏に蘇る。

 蝙蝠__偽善者。

 愚かな選択をしたベルを男はあざ笑ってくる。

 耳の中に残響するその哄笑は、問いかけてくる。

 お前はこれからどうするんだ?と。

『アアアアアアアァ・・・!?』

 聞こえてくる竜女の悲鳴。

 深く食い込んだ長槍によって拘束される竜の少女。

 ベルの思考が混濁する。視界が激しく明滅する。

 己が立つ場所は真の境界線。前と後ろ。前進か後退か。

 憧憬と怪物、仲間と天秤、英雄と罪人、祖父と少女、謝罪と懺悔、約束と裏切り、本物と偽物、岐路と選択、決断を決断を決断を。

 

 

胸に灯る想い、少女と笑顔と涙。

 差し伸べた手は、差し伸べた温もりは、彼女を守ると決めたあの誓いは__。

 あらゆる想いが渾然となり、ベルの胸の中をかき回す。

 永遠に凝縮された、一瞬の中で。

 ベルは。

 ベルは。

 ベルは__。

「儂の目の錯覚か、あれは?」

「フィン・・・」

「・・・何のつもりかな?」

「・・・・ッッ!!」

ベルは、相対していた。

 悶え苦しむ『怪物』に背を向けて、それを討伐せんとする人間達と。

 まるでモンスターを庇い、冒険者達から守ろうとするかのように。

 顔からいくつもの汗を滴り落とし、呼吸を震わせ、蒼白になりながら。

 逆手に漆黒のナイフを構え、アイズ達の前に立ちはだかっていた。

 (馬鹿っっ・・・!?)

 

 

 リリ、ヴェルフ、命、春姫が声を失う中。

 ヘスティアは、あらん限りに目を見開く。

 「・・・!!」

 石竜(ガーゴイル)のグロスもまた、その光景に石の双眸を見張る。

「何やってるんだよ、ベルっち・・・」

 人目から隠れ、付近の路地裏に駆け付けてきたリドと『異端児』達は、広がっていた光景に立ちつくす。彼等と合流していたフェルズも愕然としていた。

「__ひっ、ひひっ!?いひひひひひひひひひっ・・・!?」

 そして、イケロスは。

「見ろよぉ、ヘルメスゥ!?傑作だぁ!」

「今は生意気なガキばかりになっちまったと思ったが・・・まだ、あんな馬鹿な眷族もいたんだなぁ」

「君は、本当に愚かだな・・・」

 民衆、冒険者、モンスター、神々の視線の先。

 少年はただ一人、破滅の中へ身を投じる。

 『怪物』の少女を救うため、ベルは   【ロキ・ファミリア】と対峙した。

 

 10章(愚者)

 雄叫びが轟いた。

「____」

 アイズ、フィン、リヴェリア、ティオナ、ティオネ、ベート、そしてガレス。この戦闘域にいる全ての第一級冒険者がそれぞれの行動を中止し、同じ方向を見やった。

 「今、のは・・・?」

 住民達の喧騒は、ぴたりと止まっていた。

 交戦中の   【ロキ・ファミリア】の団員達も静止する他方、非戦闘員のハルヒでさえ立ち尽くし、まるで本能そのものが怯えるかのように獣の尾が絶えず微動している。女神であるヘスティアも、その瞳を見張っていた。

 やがて・・・どんっ・・・どんっ・・・と。

 自己の存在を主張するように、地を揺らし、不穏な重音が響き渡ってくる。

 確かめずともわかる何かの足音。徐々に近づいてくる音響が聞こえてくるのは、竜女が現れる際に破壊した壁面跡、その先からだ。

 煙の奥に浮かんだ影は、瓦礫を踏み砕く音を放ち、とうとうその姿を現した。

「___なっ」

 呟きを漏らしたのは、冒険者のー人だった。

 迷宮の闇の奥から生まれたかのような漆黒の体皮。ニMを上回る巨躯は岩のような筋肉で覆われており、更にその上に纏うのは冒険者の鎧だ。

 はち切れんばかりの胸鎧、肩当て、手甲、腰具、脚装。

 その巨体が収まり切らない全身型鎧(フルプレートの部位を、軽装のごとく身に付けている。片手に提げるのは巨大な両刃斧(ラビュリス)であり、更に鎧の背にも異なった大斧を取り付けていた。どちらの斧も返り血によって真っ赤に汚れている。

 頭部から生える双角の色は紅。

 その威容から連想される単語は、猛牛。

 ギルドの資料に乗ってもいなければ、あの   【ロキ・ファミリア】でさえ遭遇したことのない『未知』の『怪物』がそこにはいた。

 常に泰然としていたフィンが組んでいた腕を解き、顔の色を変え身を乗り出す。

 彼の親指は、引きつるように痙攣していた。

『__』

フッ、フッ、と荒い鼻息を吐き出す『怪物』は、ぐるりとその太い首を巡らせる。

 倒れる異端児達、そして冒険者の姿を視界に捉えた瞬間。

 雄叫びを放った。

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 静寂をぶち破る、弩級の咆哮。  

 砂塵を舞い上げるほどの音塊が響き渡った直後『ダイダロス通り』の住民達は白目を剥き、一斉にばたばたと倒れ込んだ。

 尋常ではない『咆哮(ハウル)』  

 生物の心身を原始的恐怖で縛り上げる怪物の恐嚇(うた)

 己と戦う資格のない者を行動不能に__強制停止に追い込む雄叫びだ。

 

 

 

 お互いに一歩も引かない冒険者達と『怪物』の激戦を周囲で見せつけられる   【ロキ・ファミリア】の団員達は、それを見てしまった。

「わ、笑ってやがる・・・」 

 『怪物』の猛々しい笑みを。

 頬を裂き、白き巨歯を剥いて、確かに笑っている猛牛の歓喜を。

 第一級冒険者三人を同時に相手取り、攻撃を食らいながら、それでも凄まじき『闘争』に身を震わせている。

 黒き猛牛は昂りをぶちまけるように咆哮を放った。

(なんかさぁ、これって・・・!)

 肌をびりびりと震わせる雄叫びを浴びながら、ティオナは大双刃を振るう。

(知ってんぞ、この感覚・・・!!)

こちらの攻撃を歯牙にかけない相手に舌打ちをしながら、ティオネは両刃斧を避ける。

(こいつ、まるで・・・!!)

 小さき『階層主』と交戦している錯覚に襲われながら、べートは金属靴(メタルブーツ)を繰り出す。

 あまりの出鱈目振り。

 そしてどこか記憶と被る、かすかな面影。

 若い冒険者達は、とある男の存在を思い浮かべてしまった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「・・・・・」 

 オッタルは、『バベル』最上階よりその迷宮街の一戦を目にしていた。

「あのミノタウロスに、覚えがあるの?」

「あれは・・・いえ、ですが・・・まさか」

 

 

 

 

 魔法   【エアリエル】

 使用者の全身と武装を強化する、風の付与魔法(エンチャント)。

 (__アイズ・ヴァレンシュタイン

 冒険者以外でただ一柱(ひとり)、『咆哮(ハウル)』に屈することのなかったヘスティアはこの時、少女のその姿に見惚れてしまった。

   【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン

 名実ともに都市屈指の冒険者。オラリオ一の女剣士。

 少年の憧憬。

 風を従え、金の長髪を撫でられる、まるで英雄譚の『精霊』のごとき雰囲気を放つ少女は、少年が憧れる存在として確かに相応しいと女神が一瞬認めてしまうほど、美しいものだった。

 

「あれが・・・『戦姫』」

 過去、誰かが言った。

『戦姫』と。

 少女の皮を被った殺戮者(モンスター・スレイヤー)。怪物の屍で作り上げられる無数の頂き。飽きることなく迷宮の奥へもぐり続ける、命知らず。

 夥しい鮮血を舞い上げながら、それでも風の鎧によって一人美しく在り続ける少女の姿に、ヴェルフも、【ロキ・ファミリア】の団員達でさえも、畏怖と恐怖を覚えていた。

 

 

 揺らぐ巨体。崩れる敵の体勢。

 何度目とも知れない傷を刻み込まれ、とうとう隙を晒した猛牛に、アイズが眦を決する。

 『__オオッ!!』

「!?」

 だが、次の敵の行動にアイズは驚愕を表す。

 間に合わない両刃斧での迎撃を捨て、猛牛が振るったのは頭部__雄々しく生えた角だ。

 その紅の角は風を纏ったアイズ渾身の斬撃をはね返してみせる。

 隙を晒し還す格好となった少女に、猛牛は地を陥没させるほどの踏み締めをもって、両刃斧の一撃を炸裂させた。

「ッッ!?」

 風が爆ぜる。

 防御のために構えられた銀剣の気流が、純粋な力によって打ち砕かれた。

 あまりの衝撃に両足で地を削ったアイズは、勢いが止まったところで己の剣を見下ろす。

 風の付与魔法を破壊された剣は、震えていた。

 あまりの衝撃によって痺れているアイズの手が柄を握り締めることができないのだ。感情の乏しい表情の中で目を見張る少女は、正面に向かって顔を上げる。

 血で全身を染めながら、フッ、フッ、と荒い鼻息を漏らす猛牛は、笑った。

 この状況でなお猛々しく、荒々しく、不敵に。

 瞳を見張っていたアイズもまた、その柳眉を吊り上げた。

「【目覚めよ(テンペスト)】」

痺れた片腕の上から【エアリエル】を纏い直すアイズは、風の力で強引に装備を固定する。

 怯まない強者に咆哮を上げる猛牛は、疾走するアイズを迎え撃った。

 再度火蓋が切られた斬り合いに、ヘスティア達が仰け反っていると、

「ぬんっ!」

『グッ!?』

目に見えて拮抗するようになったアイズと『怪物』の戦闘に、横槍が入った。

 重装を纏ったガレスだ。

「アイズ、挟め」

「・・・!ガレス、私は__」

「そんな手で危ない橋を渡らせられるか。我儘はいい加減にしておけ__のう、フィン?」

 そのガレスの声に応えたのは、『怪物』に投じられた一本の長槍だった。

『・・・!?』

「流石にね。まぁ、ガレスが来たなら僕が来る必要もなかったかな」

 モンスターは深手でなお抵抗していたが・・・間もなく、どんっ、と。

『・・・!』 

 ぼろぼろに傷ついた満身創痍の姿で、地に片膝を突いた。

「アステリオス・・・!」

 

 

「・・・夢を、見るの」

「えっ・・・?」

「だれも、わたしをたすけてくれない・・・こわい夢」

 灰の砂をこぼしながら。

 命の時間を失いながら、ウィーネは震える手を持ち上げる。

「でも、ね?」

「こんどは・・・たすけにきてくれたひとが、いたんだよ?」

「うれしい・・・」

 唇を綻ばせながら、たった一つの『夢』に、ささやかな憧憬に抱き締められる。

 異形の少女は、この時、確かに満たされていた。

 呆然とするベルの目の前で、ありがとう、と。

 ウィーネは泣きながら、花のように微笑んだ。

 そして、

「ベル・・・大好き」

 消えた。

 崩れ落ちた。

少女の温もりが、消え去っていく。

「____」

出会い。

怯え。

悲しみ。

戸惑い。

触れ合い。

感謝。

名前。

喜び。

笑顔。

抱擁。

涙。

 胸の中からこぼれ落ちていく灰の中で、美しい紅の宝石だけが、砕けることなく遺された。

 

 

 

ベル・クラネル

「どうしてそんな顔をしているか、聞いてもいいだろうか」

「・・・」

「君のおかげで『異端児』達は救われた。嘘じゃない。あのウィーネも助かった。私も、感謝している」

「僕、は・・・」

「後悔、しているのだろうか?」

 君が決断した選択を、と。

 言葉を先回りされ、そう尋ねられる。

「あの人に・・・眼装(ゴーグル)をつけていたあの冒険者に、言われました」

 ディックスの言葉を、ベルは告げる。

「お前は、『偽善者』だって」

「・・・」

眼装(ゴーグル)の男はベルに向かって断言し、嘲笑っていた。

 ベルが決断した答えはただの綺麗事で、夢物語で、荒唐無稽な絵空事なのだと。

 何も選択できない、ただの『蝙蝠』だと。

__蝙蝠。その言葉は正しい。

 『怪物』を助けながら、人間達の前では排斥されまいと必死に取り繕おうとする。

【ロキ・ファミリア】に向けられた敵意。

 冒険者達を撃った己の魔法。

 全部覚えている。

 少女を救いたいという一念のみで、様々なものを裏切った。

 憧憬と対峙し、仲間のことも一度は放り出し。

『英雄』への想いにも、祖父にも背を向けようとした。決別しようとした。

 その最後に待ち受けていたのは、途方もない無力感。

 フェルズに、『異端児』に、リューを初めとした多くの者達に助けられていなければ、ウィーネをこうして救い出すことはできなかった。

 誰も守れず、誰も救えない、『偽善者』。

ベル・クラネル、これは持論に過ぎないが・・・私は、こう考える」

「『偽善者』と罵られる者こそが、『英雄』になる資格があると」

 「これからも悩み、悶え、迷い、そして今日のように決断してくれ」

 「フェルズ、さん・・・」

「英雄達が下したそれは、時に残酷であり、時に非情であり、時に許されざるものであり・・・そして、何より尊い意志だった」

「彼等と同じようにして出した君の答えは、罵られようと蔑まれようと、きっと間違っていないのだから」

「肉と皮を失った私が言おう。骨と未練しか残らなかったこの私が、あえて言おう」

「愚者であれ、ベル・クラネル

「・・・」

「どうか君だけは、愚者でいてくれ。君の持っているものは、私達にとってはとても愚かで・・・しかし神々からすれば、きっと、かけがえのないものなのだ」

「ベルさんっ、本当ニ、ありがとウ・・・!」

「すまねえ、ベルっち・・・ありがとな!」

「・・・アリガトウ。感謝、シテイル」

「君のように、『異端児』と奇妙な縁を持ち、情をかけるものは多くいた・・・だが君のように、己を顧みず彼等を救ってくれた者は、誰もいなかった」

 ありがとう、と。

 誇らなくてもいい。

 迷い続けてもいい。

 だが、後悔はするな。

 視線の先には、愚かな偽善によって救われた命が、確かにあるのだから。

___黄昏の光が、祖父の声を借りて、そう言ってくれているような気がした。

 

 

エピローグ(選択の代償)

「エイナ、さん・・・」

「利己的な判断で街と、市民を危険に晒した。冒険者にも危害を加えた。__本当なの?」

___違うんです。

 そう言いたかった。

 彼女だけには誤解されたくなかった。

 けれど、ウィーネ達のために言える筈がなかった。

「・・・はい」

 次の瞬間___ぱんっ、と。

 乾いた音と、痛みが頬から生まれる。

 目を見張りながら前を見ると、右手で頬を叩いたエイナは、瞳に涙を溜め__起こっていた。

「信じないよ・・・!」

「信じるわけっ、ないでしょう・・・!」

 泣き出したエイナは、ベルを抱き寄せた。

 嘘を見抜き、隠し事をしていることを怒り、話してくれないことを悲しむ。

___女子が泣いている時は胸を貸し、抱きしめてやれ。

 祖父の教えが脳裏に過ぎり、両手が彼女の背中まで持ち上がるも・・・すぐにだらりと落ちる。

 お祖父ちゃん、僕は__。

 どうしたらいいか、わからない。

 

 

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 9巻 【重要文&名言集】

 

目次

 

 

 

1章(異形の少女)

間違ってもモンスターを保護しているとバレてはいけない。地上に戻った冒険者達が酒盛りに耽る後を狙って帰還した方が賢明。リリは参謀役の立場からそう助言してくれた。

 我儘を聞いて、その上で尽力してくれるサポーターに頭が上がらない気持ちで一杯になる。

「リリ、ごめん・・・ありがとう」

「・・・もういいですっ。ええっ、そうですともっ。どんなに無茶苦茶なことを言われたって、リリだってベル様を見捨てることなどできないのですからっ」

 どこか拗ねた口調で、リリは赤くなりながらそっぽを向く。

 申し訳ないと思いながらも、嬉しい気持ちの方が勝ってしまった。

 

 

2章(竜娘のいる日常)

ベルが連れて帰ると言った時、お前だって納得した筈だろう。今更蒸し返すのか?」

「納得は、していません。諦めただけです。・・・ベル様は、底抜けのお人好しですから」

「もし、彼女の存在がこの   【ファミリア】に危険をもたらすとしたら・・・その時は」

「あいつを放り出して、見捨てるって言うのか?」

「・・・必要なら」

 団員の誰よりも派閥の行く末を懸念し、憎まれ役も厭わない少女に、言ってやった。

「一度鏡を見てこい。ちっとも納得してなさそうなかおをしているぞ」

「・・・」

「情にほだされてはいけません・・・誰もがあの娘に心を許してしまったら、きっと、見誤る時がきます」 

「・・・」

「このままで、いられるわけがないんです。今日のように、ずっと笑いあっていられるなんて・・・」 

 少女は『怪物』なのだから。 

 

 

 

3章(世界と現実と怪物)

・・・潔癖なエルフは、ドワーフと同じくらいか、もしかしたらそれ以上に、性に奔放なアマゾネスと相性が悪いのかもしれない。

「シル、すいません。半休を取ります。ミア母さんに伝えておいてください」 

「リュ、リュー?」

「彼女は危険だ、野放しにはしておけない。クラネルさんの操を守るため、クエストの間、私が同行し見張っておきます。夜の営業には必ず戻りますので」

 み、操・・・?

 リューさん、本気でアイシャさんの魔の手から僕を守ろうとしている・・・。

 生真面目過ぎる性格故か、冗談抜きで義勇心に駆られているようだ。

 

 

 

4章(MISSiON)

 歓楽街強襲及び大派閥(イシュタル・ファミリア)消滅の一件により、   【フレイヤ・ファミリア】はギルドからペナルティを与えられている。まだしばらくは彼の組織の従僕を務めなければならない。

 別に逆らってもいいのだが、都市を運営するギルドの顔を立たせる必要はある。今でさえ自分を妬む女神達の声はうるさいし、ロキのところに泣きつかれても厄介だ。

 フレイヤは誰にも縛られるつもりはないが、イシュタルのように傲慢な王になるつもりもなかった。

「また使われるかもしれないけど、その時はよろしくね」

「かしこまりました」

 実際に労する羽目になる眷属へほんのちょっぴりの謝意を込めながら、女神は笑いかける。

 

 

 

 この人が探りを入れる筈がない。僕の反応を伺っているなんて。

 エイナさんは職員の一人、ギルドの中でも末端だ。

 さっきも言っていたじゃないか、何も知る権利はないって。

 今まで力を貸してくれたこの人に、変な勘繰りを向けるなっ。

「__ねぇ、ベル君。相談してよ」 

「!」

「悩みがあるなら、困ってることがあるなら話して?誰にも言わない、約束する。私は苦しそうにしている今のキミに、気付かない振りなんかしたくない」

「私は、ギルド職員失格って言われても。冒険者達(キミ達)の力になりたいから」

「私には、これしか・・・キミの話を聞いてあげることしかできない。だから__」

 __私を信じて。

 エイナさんの懇願に、心が乱れる。

 この人は、何も知らない。

 でももし今、全てを吐き出してしまったら、優しさに甘えてしまったなら、この人もきっと巻き添えを食らう。何も先が見えない暗い海底に引きずり込んでしまう。

 この人を、巻き込むわけには__。

「__大丈夫、です。・・・気にしないで、ください」 

 エイナさんの体から力が抜けるのがわかった。とても、悲しそうな表情を浮かべる。

 

 

 

「ごめん、みんな・・・こんなことになって、巻き込んで」

 ウィーネを助けなければ良かったなんて思うわけにはいかない。思っちゃいけない。今だって秘めている、あの娘を守りたいというこの気持ちに嘘はない。

 だけど、   【ファミリア】の構成員として、団長として謝っておかなくてはいけなかった。

 こうして派閥に迷惑をかけて、ともすればリリの警告通り窮地に追いやって。

 みんなに負担を強いることになってしまった。

 団長失格だ。

 「ベル様」

 「お願いします。ウィーネ様を助けたことを、どうか後悔しないでください」 

「私は、貴方様と命様に助けられて__皆様のおかげで、今、幸せです。ウィーネ様もきっとそうでございます。私達は救われました、だからっ・・・」

  例え苦境に陥ったとしても、今を否定しないでほしいと、そう切願してくる。

「まぁ、謝るなってことだ」

「 【ファミリア】って、こういうもんだろ?支え合うんだ」

 王国(ラキア)の戦争で、散々お前やヘスティア様に迷惑をかけたのを忘れたのか?と。

「もっと迷惑をかけろ。俺の立つ瀬がない」

「ヴェルフ・・・」

「自分達は、一蓮托生です」

「どこまでもお付き合いしますよ。リリは、ベル様のサポーターですから」

 眷属(ファミリア)の仲間は笑ってくれていた。

「・・・ありがとう」

 僕はもう謝らずに。

 みんなに、感謝を告げた。

「・・・」

 眷属達のやり取りを一歩外から眺めていたヘスティアは、深まっている彼等の絆に笑みを漏らした。

 

 

5章(異端児)

最後にものを言うのは冒険者達の自力、人の力だ。

 武器や道具はあくまで僕達に力を貸してくれるに過ぎない。本当の窮地を切り抜けるのに必要なのな各々の能力と機転、そして連携だ。

 過酷なダンジョンの中ではパーティとしての真価が試される。

 何が起こるかわからないけど・・・頼るものを間違えてはいけない。

 

 

 

ウラノス、どうしてわざわざボク達に依頼を出したんだい?ウィーネ君を無理矢理奪うなりして、連れていく方法はあったんじゃないのか?どうしてボク達に『異端児(ゼノス)』とやらの存在を教えてしまう真似を?」 

「人語を話すモンスターをベル・クラネル達が知ってしまったことも含め、理由は複数ある。だが、一番の要因は・・・」

ヘスティアの眷族が一筋の、例え僅かにも過ぎない可能性であったとしても・・・希望に成りえるとそう判断したからだ」

「希望?」

「人類と怪物(モンスター)、共存の道への架け橋だ」

 

 

 

 モンスターは人類の敵。人類はモンスターを殺し、モンスターは人類を殺す。互いに圧倒的な嫌悪と忌避感を抱き合う人と『怪物』は決して相容れない。

 下界の住人とモンスターが殺し合うのは運命だ。

『古代』、モンスター達が『大穴』より溢れ出てきた時より決定づけられた、宿命だ。

 彼等には果てなき闘争が定められている。

 その不変の真理を覆そうとする神意__ギルドの主として到底看過できない発言に、ヘスティアは相貌に険しさを浮かべる。

「だが、彼等『異端児(ゼノス)』は本能のまま襲いかかるのではなく、人との対話を望んでいる」

「!!」 

「その爪と牙ではなく、言葉と理性をもって訴えかけているのだ。地上に出たいと。子供達を・・・人間達を知りたいと」

「理性を宿している『異端児(ゼノス)』は通常のモンスターにさえ襲われる。疎外と排斥だ。彼等の居場所は地上にも、迷宮にも存在しない」

「・・・」 

「聞く耳を持たず、モンスターであるからこそ葬り去るという選択は容易だ。しかし彼等は意思を備え、それを伝える術を持っている。我々の子と同じように」 

「ダンジョンに『祈禱』を捧げる存在として・・・彼等の慟哭を受け付けず、滅ぼすことは、もはや私にはできそうにない」

 

 

 

 自分もウィーネを知ってしまった。

 果たして今、自分はあの竜の少女を切り捨てることができるのか。

 眷族達のために、悪逆と欺瞞の女神になることが本当にできるのか。

 ヘスティアは懊悩と選択肢の渦に囚われ、しばし無言を貫いた後、顔を上げてウラノスに再度問いかけた。

 「本気で、子供達とモンスターの融和を図る気かい?」

「神意は定まっている。だが無理難題だ。持てあましている、というのが実情に違いない」 

「子供達との共存を目指すのであれば、我々は怪物(かれら)の存在意義を問いたださなければならない」

__『怪物』は存在意義を証明しなければならない。

 『怪物』は生まれながらにして、正常から逸脱した特異な容貌という負の烙印が押される。

 威嚇的な体軀、血を象徴する爪牙、死を招く炎、獣性を帯びた声。

蹂躙と殺戮の記号で塗り固められた彼等がそれら負の烙印を覆し、下界の住人と融和するには自身の有用性を示すしか他にない。地上の光を浴びるには、人類の潜在的嫌悪と恐怖を超克する存在意義の証明が不可欠だ。

 「・・つまり、その存在意義の証明とやらに、ベル君達という媒介(かけはし)に可能性を見出したって?」

「その通りだ」

 ウラノスの言い分はわかった。ウィーネを知る自分としても叶うなら慈愛を恵んでやりたい。

 だが、その道にはベル達の破滅が常に両隣に存在している。

 ウラノス自身が先程発言した疎外と排斥候だ。『怪物』に加担したことが公になればベル達はこのオラリオから、あるいは世界から居場所を失うだろう。『異端児(ゼノス)』と同じように。

 とてもではないが、天秤を傾ける真似はしたくない。

 それがただの逃避だったとしても、とヘスティアはそう思う。

 

 

 

「・・夢を見るんだ」

「真っ赤な光が、でけえ岩の塊の奥に沈んでいく夢・・・迷宮(ここ)にはない空が、赤く、泣いちまうくらい赤く、だんだんと染まっていく綺麗な時間・・・」  

「それって・・・夕焼け、ですか?」

「そうかもしれねえ」 

「でも、夢って・・リドさんは、地上に出たことがあるんですか?」

「1度もねえ。だから、オレっちはひょっとしたら、前に生きてた時はこの暗い奈落(ばしょ)から飛び出して、地上にいたのかもしれねえ」   

「前に、生きてたって・・・」

「おい、まさか・・・」

「前世・・・?」

「なあ、ベルっち。ウィーネのやつ、話すの上手いよな」

「え・・・あ、は、はい」

「ここには人語を喋れるやつもいれば、喋れないやつもいる、言葉遣いが上手けりゃ下手なやつもいる。不思議だろ?」

「でもよ、喋れるやつは本当にすぐ喋れちまうんだ。それこそ、まるで知ってたことを思い出すみたいに」

「!」

「あいつ等は前に、人のことをよーく見てたんじゃねえかな・・・羨ましがったり、憧れたり」 

__たくさんのひとたちが、ベルみたいに・・・わたしから、だれかを守っていて。

 __そのひとたちをみて、体がさむくなっていくの。  

__あのひとたちがすごく綺麗にみえた。

数日前、狭いベットの中で、少女が囁いていた夢の内容をベルは鮮明に思い出す。

 それと同時に、まさか、という思いを強めた。

 ウィーネ達は、本当に__。

「__『強烈な憧憬』」 

 そこでフェルズが声を発するり

「異端児(かれら)が胸に秘める想いはばらばらだ。だが共通しているものがある。それは人類、あるいは地上に対する『強烈な憧れ』だ」

 地上、ひいては太陽と空の下に君臨する人類への羨望と憧れを、『異端児(ゼノス)』は夢を通して覚えている。

 強烈な殺意と敵意が渾然とする中で見た、眩しい憧憬。

 必死に互いを助け合うヒューマン、満身創痍でありながらなお立ちはだかる勇猛なドワーフ、死に際であっても最後まで誇り高く在ったエルフ。あるいは情けをかけられ、救われてしまう自分達(モンスター)。もしくは夕日や青空を始めとした美しい地上の情景。

 『異端児(ゼノス)』 達は様々な『夢』を『前世』を覚えている。

 そして、存在理由に等しい強烈な願望を宿している。

 「オレっちは、あの夕日が見える世界でもう一度生きたい」

「私ハ、光ノ世界デ羽ばたいて、誰モ抱きしめられないこの翼ノ代わりに・・・愛する人間二抱きしめられたい」

 日の光を浴び、人間と手を取り合うこと。それが彼等の願い。彼女等の憧れ。

 模索しているのだ。フェルズ達と『異端児(ゼノス)』達は。

 人間なら誰でも叶えられるようなちっぽけな願いを、成就させるために。

 「わかってるんだ。オレっち達は日陰者。中途半端で、人からもモンスターからも嫌われる。・・・ただ、夢だけは見ていたいんだ」

 夢を追いかけるのとは許してほしいんだと。

 リドは再び迷宮を仰ぎながら言った。

「この『隠れ里』も、ひょっとしたら母ちゃんが、オレっち達みたいな半端者のために用意してくれたんじゃないか・・・そんな風に感じる時があってよ」

「か、母ちゃん・・・?」 

「母ちゃんだよ、母ちゃん。オレっち達を産んだ」 

「つまり、迷宮(ダンジョン)です」

「だからさ・・・今日、ベルっち達と会えて嬉しかったんだ」

「協力してほしいとか、どうしてほしいとかそういえことじゃねぇんだ。ただ、オレっち達を受け入れてくれる人間がいた・・・それがめちゃくちゃ、嬉しかったんだ」

「ベルっち達に出会えて、良かったぜ」

 

 

 

「オレっち達・・・モンスターが『魔石』を食べると、どうなるか、知ってるか?」

「『強化種』・・・」

 それは   【経験値(エクセリア)】を集め能力(ステイタス)を更新する人類と相反する、モンスターの法則。

 他のモンスターの『核』を喰らうことで怪物は力を高める__まさに怪物の名に相応しい弱肉強食の理だ。ひたすらモンスターの『魔石』を喰いあさり力をつけ過ぎた個体はギルドが発令する討伐任務の対象にも成りうる。

 「オレっち達は同胞以外のモンスターを殺す。そして抜き取った『魔石』を喰らう」 

「!!」

「知ってるよな、他のモンスターはオレっち達を問答無用で襲うって。オレっち達も黙って殺されるわけにはいかない。生きるために殺す、生きるために同族を喰らう」

「だから、ためらわないでくれ。オレっち達に変に気をつかって、まよわないでくれ。同族は怖え、躊躇したらこっちがやられちまう。ベルっちが、死んじまう」

「リド、さん・・・」

「例えそいつが喋ったとしても、襲いかかってくるようなら、殺してくれ」

「絶対に死なないでくれ。また会いたい」

 

 

 

__この娘を一人にさせない。死なせない。

 今も心に刻まれているその誓いは、決して自分が守らなくても成立してしまうのだと。

「ベルッ、わたし・・・!」

 彼女の背後には、理知を宿した多くのモンスター達。

 自分の背後には、今日まで苦楽をともにしてきた家族。

 前と後ろ。大切な者達の狭間で、ベルは立ち尽くす。

 この娘の幸せ。

 そして   【ファミリア】の、みんなの、神様の__。

 

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 8巻 【重要文&名言集】

 

 

目次

 

 

1章(とある武神への恋歌)

『命、俺の娘になれ』

 そして、涙の溜まった瞳を見開く命に、タケミカヅチは笑いかけた。

『えっ・・・?』

『いつかお前に俺の恩恵をくれてやる。そうすれば、お前は俺と神血を分けた歴とした父子、家族__眷族(ファミリアだ)』

『かぞく・・・ファミリア』

 その響きは甘美なだけではなく、悲しみに暮れていた命の旨に温もりをあたえた。

 それは赤ん坊のように自分を持ち上げ、見上げてくるタケミカヅチの瞳に、己の子供に向けられる確かな慈しみがあったからだ。

『病は気から、そして気は体から。俺の持論だ。お前が寂しさなんて感じる暇がないくらい、俺が武術なり何なり教えてやる。だから安心しろ、命。そして覚悟しておけ』

 

 

 

「命。今のお前は、ヘスティアの眷族だ」

「・・・!」

 説明が必要ないほどに正しい指摘だった。今の所属派閥、今の仲間を差し置いて、もともとの仲間だけに現を抜かすなど道理に反する。 

 命は恩義に報いるためにベル達の【ファミリア】に加わったのだから。

(けれど、自分は___)

 それでもタケミカヅチの眷族であったことを忘れたくないと、命はうつむきながら思った。

「・・・命、俺の娘になれって言ったこと、覚えているか?」 

「!」

「改宗してもな、子供達に最初に分け与えられた神血は消えるわけじゃない。ヘスティアが『恩恵』を頼りに命の存在を知覚できるように、俺もお前の息吹を感じ取れる」

 

 

 

2章(パルゥムの求婚)

 少年がああまでひた向きに迷宮探索に励んでいるのは何か理由がある、目的があると、出会ったばかりの頃から薄々はさっしていた。

 しかし、それがあの【剣姫】に追いつきたいがためだったとは。

 少年の年齢を考えても好意を寄せる、あるいは憧れを抱く異性がいるのは何ら不思議ではないが・・・ミノタウロスから助けられたというベルとアイズの出会いまで聞いたリリは、その栗色の瞳を揺らした。

「ベ、ベル殿本人には、何もお教えしていないのですか?」 

「あの子は隠し事ができない。レアスキル云々なんて詰問されたらすぐに明るみになる。だったら、スキルそのものを知らさない方がいい。・・・それにヴァレン何某への想いなんちゃらだなんて、絶対に言いたくないっ」

「へ、ヘスティア様はっ、それでいいんですかっ?」 

 ヘスティアもまた神の慈愛を超えて、ベルを寵愛している筈だ。

「・・・ベル君が自分で決めたんだ、強くなりたいって。あんな姿を見たら、ボクには止めることなんてできない」

 子供の決意に水をさせない。

 

 

 

 何と浅ましいのだろう、と吐き気を覚える。

 何て嫌な奴なのだろう、と激しい自己嫌悪を抱く。

 ベルの周りにいる異性__ヘスティアやエイナ、シル、春姫のように自分は綺麗な存在じゃない。

 心が汚い。自分をよく見せようと、必死になっている。

 世間知らずで、子供で、そして純朴なベルにちっとも相応しくない。

(この苦しさは、結局、ただの__)

 そうだ。

 とどのつまり、リリは猛烈な劣等感を抱いているのだ。

 第一級冒険者アイズ・ヴァレンシュタイン。リリもこの目で見てきた。

 顔を真っ赤にするベルと淡々と言葉を交わす、女神にも劣らない美しい金髪金眼の少女を。

 美しく、強く、凛々しい。

 ベルだけではなく多くの冒険者の憧れの的。

 天地がひっくり返っても、リリでは決して敵わない相手。

 リリが苦しんでいるのはそれだ。  

 あの女剣士に何もかも太刀打ちできないという、劣等意識だ。

 高過ぎる高嶺の花を__高みを見上げ続けているベルの視界に入らない自分。

 彼の一番には決してなれない自分。

 その厳然たる事実に、リリは昨夜から苦しみ、絶望にも似た落胆を抱いているのだ。

 自分本位の嫉妬に苛まれ、振り回されるリリは、己の卑小さに失望した。

 

 

 

 小人族(パルゥム)の間で深く信仰されていた架空の女神。

『古代』の英雄達、精強かつ誇り高い小人族の騎士団、それが擬人化した存在だ。

 小人族はヒューマンや他の亜人と比べ、その可愛らしくも小さな外見も相まって、種族としての潜在能力は最も劣っていると言われている。事実、遥かな昔日から現代にかけて、小人族が世界に轟かせた武勇伝は圧倒的に少ない。

 そんな中、『古代』に戦場の槍として幾多もの偉烈を成し遂げた彼の騎士団は、小人族の最初で最後の栄光であり、誇りだった。一族の心の拠り所として疑神化されるほどに。

 僕も数多くの英雄譚の中で、彼等彼女等の活躍を目にしてきたほどだ。

__けれど、『古代』の節目、本物の神様達が降臨した『神時代』の到来により、『フィアナ』信仰は一気に廃れた。

 下界に降りてきた神様達の中に、小人族の崇拝してきた女神の姿は、なかったのである。

 心の拠り所を失った小人族は、止めを刺されたかのように加速度的に落ちぶれ、今日まで至っている・・・らしい。

「今も落ちぶれている小人族(パルゥム)には光が必要だ。女神(フィアナ)信仰に代わる、新たな一族の希望が」

「・・・そ、それって」

「考えている通りだ。僕は一族の再興のためにオラリオに来て、冒険者になった。名声を手に入れ、同族達の旗頭になるために」

 語られるフィンさんの野望、いや壮大な使命に僕は息を呑む。

 腐りかけている小人族(パルゥム)の状況を憂うこの人は、一族の復興に己の身を捧げることを決断したのだ。同族を奮起させるほどの名声と栄光を世界へ発信するために、この迷宮都市の門をくぐったのである。

 そしてこの人は第一級冒険者__都市最強の1角Lv.6に上り詰めて見せた。

 『世界の中心』とまで言われるこのオラリオの中で。

 今や他種族である僕達も、神様達でさえも、彼の名を知らない人はきっといない、

 世界中に伝わるフィンさんの勇名と偉業は、既に多くの小人族(パルゥム)の誇りになっている筈だ。

 その崇高な目的と、何より有言を実行してのける彼の不撓不屈に、僕は畏怖とも尊敬とも知れない感情で喉を震わせた。

 

 

 

「君を救うため怪我も顧みず、身を挺してアイズ達をあの場に導いた彼女の姿に・・・僕は感銘を受けた」

 これは心からの僕の思いだ、とフィンさんは自身の小さな胸に左手を当てた。

「間違っても強くないあの娘は、誰にも負けない『勇気』を示したんだ」

 言葉と同時に、その碧眼が細められる。

「伴侶が欲しいとは言ったけど、小人族(パルゥム)なら誰でもいいというわけじゃない。今、一族に必要なものは『勇気』・・・伴侶たる存在にも、僕は失われてしまった小人族(パルゥム)の武器を求める」

 人類の中で最も脆弱な種族と呼ばれる小人族(パルゥム)。

 身体能力はヒューマンにも劣り、エルフやドワーフのように『魔法』や力に優れているわけでもなければ、アマゾネスのような誇れる戦闘技術も持ち合わせておらず、獣人のように五感に秀でてもいない。

 どんな種族の者より体が小さい彼等の唯一の武器は__『勇気』だった。

 

「・・・僕はもうあの時から理屈を置いてきた。この身は、一族の再興のためだけに捧げる」

 

 

 他人との縁談を持ちかけられてしまう自分は少年の意識外。

 彼が自分に抱いているのは精々、家族愛だ。

 仲間として、【ファミリア】としての親愛だ。

 異性として認められていないのだ。

 瞳が揺れる。悔しくて情けなくて切なくて、涙がこぼれそうになる。

 沢山のもので溢れ出しそうになる胸がこちらの言うことを聞かなくなる。

「ベル様は、どう思うのですか・・・?」

「ぼ、僕は・・・」

「ベル様のそういう優柔不断なところっ、リリは大っ嫌いですっ!?」

 

 

 

__彼の求婚を受けた方がいいのではないか、と心の中のひねくれたリリが囁いてくる。

 少年への想いは叶わない、それはもうわかってしまっている。 

 ならば、目の前の一族の勇者を受け入れてしまってもいいような気がした。

 ベルの口から伝えられた『必ず不幸にはしない』という言葉は真実だろう。こうして本人を前にするだけで彼の誠実さ、そして器の大きさが感じられる。地位や財力という観点から見てもフィン・ディムナの伴侶になる者は必ず幸せになる筈だ。

 こんな縁談はもう二度とこない。1度切りの機会だ。ヘスティア達への断りもなく己の一存で派閥を脱退することはできないが、彼に見を委ねれば、恐らく、きっと、苦しまずに楽になれる。

「・・・一つ、聞かせてください」 

「どうして、リリを選んだのですか?」

ベル・クラネルから聞いていないかな?僕は、君の『勇気』に見惚れたんだ」  

「『勇気』なんて、他の同族だって持っている筈です。それこそ、リリより強い方が」

「そうかもしれないね。でも、強さと『勇気』は必ずしも同義じゃないり君は自分の弱さを知っていながら、困難に立ち向かえる意思の力を持っている。18階層での出来事も僕は覚えているよ。君は偉大な先祖(フィアナ)のように、他人のために身を挺することのできる素晴らしい同族だ」

 

 

 

「言っておくけど、ボクはサポーター君・・・リリルカ君が退団したいって望むなら、止めはしないぜ?」

「っ!?」

 胸の内側を見透かしたかのように神様はおっしゃった。

 主神である神様ならリリを引き止めてくれると心の奥底で縋る気持ちでいた僕を、咎めるように。

「一応、競争相手だって減ることになるし・・・」

「ベル君。君のその変な配慮は、サポーター君にしてみれば余計なお節介の筈だ。あの子はきっと言うと思うよ、自分の幸せは自分で決めるって」

「ぁ・・・」

「もしボクがサポーター君の立場だったら・・・君にそんな縁談を持ちかけられたら、ショックだなぁ」

「ベル君は、このまサポーター君がいなくなってしまってもいいのかい?」

「ぼ、僕は・・・」

「君はさ、もっと我儘になるべきだよ」

 

 

 

「・・・フィン様は、気になる異性の方はいらっしゃらないのですか?」

 「・・・僕をしたってくれる、とても面倒な娘はいるよ」

「とても手を焼かされるし、とても疲れるけど・・・彼女がいないとまたに物足りなく感じてしまう辺り、随分と毒されてしまっているのかな?」

「__けれど、人並みの幸せというものに僕は関心がない。いや、関心を持ってしまったら、ここまでの道のりが全て無駄になってしまう」

 フィンはそこで、表情をあらためた。

 あたかも誓を告げる騎士のように、美しい碧眼が湖面のごとき光を帯びる。

 全ては一族のために。

 己の身を捧げている彼の生き様に、同じ小人族(パルゥム)であるリリは心を打たれてしまった。打たれずにはいられなかった。

 自分には真似できない高尚な信念に、一族の献身に。

 

 

 

そしてリリの心は、そのフィンの生き様を前に、感化された。

 いや、思い出したのだ。

 少年への想いを。

(そうだ・・・)

 リリを助けてくれたのは一族の英雄フィン・ディムナでもなければ、神々でもない。

 ベルだ。

 沼で溺れ、見向きもされなかった自分を救い出してくれたのは、あの少年だ。

(そうです、リリは・・・)

 ありえないことだが、もしヘスティアがベルを見限っても。

 リリだけは彼を見捨てない。

 例え世界が少年に罪人の烙印を押したとしても、少年が孤独に追いやられたとしても、リリだけは少年の側にいる。彼を支え続ける。

 少年は驚くほど早く先に進んでいくけれど、それでも、リリは一生彼についていく。

 全てを許し、受け止め、抱いて、笑ってくれたあの日__リリはそう決めたのだ。

 

 

 

なんだ、と。

 リリは笑う。

 とどとつまり、自分もフィンと同じだ。ともすれば彼は自分の鏡でもあった。

 己を捧げる存在がある。

 そこではリリはあるいは幸せを手に入れられず、今日まで苦しんできたように色々な感情に悩まなれることにもなるのだろう。

 だが、もう決めたのだ。

 何が起ころうと、あの少年の側にいると。

 贖罪だけではなく、自分の想いも含め。

 リリは、彼を支え続けるのだ。

 一族を献身に捧げる、目の前の彼のように。

 

 

 

「関係、なかったんですね・・・」

「?」

「・・・ごめんなさい、フィン様」

「この縁談、お断りします」

「理由を聞いてもいいかな?」

「フィンさまが一族のために身を砕いているように、リリもあの人に・・・ベル様に身を捧げています。そう、決めてしまっているのです」

 貴方と自分は同じなのだとリリは話した。

 背負っているものの大きさは比べ物にならないが、それでも根本は一緒なのだと。

 見失っていたものを思い出させてくれたことへの感謝とともに説明すると、「なるほど」とフィンは頷いた、

ふぅ、やはり駄目だったか」

「脈がないことは薄々わかっていたよ。きっと無駄になるぞって、親指も・・・直感みたいなものも言っていた」

「それでは、どうして縁談を?」

「言っただろう?君の『勇気』に見惚れたって」

「あ・・・」

「僕の小人族(パルゥム)の心は、君の『勇気』に突き動かされたんだよ」

 声をかけずにいられなくなるくらいにはね?と。

 

「フィンさん!お願いですっ、 リリを連れていかないでください!」

 一度瞬きをしたフィンは、しかしその頭の切れですぐさま状況を理解したのか、リリを素早く一瞥する。

「残念だけど__僕はもう彼女からいい返事をもらったんだ、ベル・クラネル

「僕はまだっ、リリと一緒にいたいんです!離れたくないんです!!」

「二人とも合意したというのに、それに水を差すというのかい?」

「はいっ!」

「随分こだわっているようだけど、じゃあ、君にとって彼女は何なんだ?」

「【ファミリア】なんです、家族なんです!」

「それだけかい?足りないな」

「・・・僕と初めてパーティを組んでくれた、大切なっ、大切なパートナーなんです!!」

「彼女は僕がやっと見つけたお嫁さん候補だ。そう簡単には返せない。・・・それとも、力づくで奪っていくかい?この僕から」 

 あの【イシュタル・ファミリア】の巨女をも超えるLv.6の第一級冒険者に喉を鳴らすベルは、しかし退かなかった。

「いい覚悟だ、面白い・・・なら彼女を賭けて決闘といこう!」

 

 

 

3章(とある鍛冶神への恋歌)

 

「何だこれは、鈍か?」 

「俺のやり方だと?馬鹿め、頂の輪郭すら見えぬまま寿命が尽きるわ」

「・・・っ!?」

「上級鍛冶師(ハイスミス)になって、何か勘違いでもしているのか」

 彼女の言葉は、叩きつけられた現実とともにヴェルフの胸を穿った

 慢心していたつもりはない。だが心のどこかで抱いていた上級鍛冶師(ハイスミス)への達成感と自身に、知れず『酔い』を感じていたのも否定できない。

「この程度の武器を打つ者など腐るほどいる」

「己の適性を見誤るな、ヴェルフ・クロッゾ

 

 

 

「・・・作ってみたい、筈だったんだけどな」

__あるもの全てをそそぎ込まねば子供(われわれ)は至高の武器に至れん。

__お前が惚れ込んでいるあの女神の領域など、夢のまた夢だ。

 最上級鍛冶師(マスター・スミス)に知らしめられた自身の力量。

 鍛冶師の頂点に君臨する彼女をして、化物と呼ばせるヘファイストスの領域。

 目標が果てしない場所にあるのは知っていた、わかっていた。

 ただ今日、痛感させられた。己の至らなさと一緒に。

 所詮、一介の鍛冶師(スミス)に過ぎない自分が神に挑むなど夢物語なのか。荒唐無稽なのか。

 椿の言う通り、忌むべき己の血さえも使わなければ、触れることすらできないのか。

 魔剣鍛冶師としてでなければ__自分はヘファイストスのもとに辿り着けないのか。

「俺は・・・」

 

 

 

「今の俺は、『魔剣』を振りかざす野郎どもと何も変わらねぇ!!」

「っ・・・!?」

「これが本当に力か!?こんなものが、鍛冶師(おれたち)が生み出さなきゃいけないものなのか!?」

 片やLv.2の上級鍛冶師(ハイスミス)、片やLv.1の没落した鍛冶貴族。

 不条理とも言える己の力を拳と一緒に叩き込みながら、ヴェルフは胸の内をぶつけた。

「違うだろ、そうじゃないだろう!?」

「武器は使い手の半身だ!!苦楽をともにしてやれる、道を切り開いてやれる魂の片割れだ!!」

「そんな、ことがっ・・・」

「鍛冶師(おれたち)は矜持をもってっ、使い手(あいつら)に武器を届けなきゃいけない!!」

 

 

 

「残ってるだろう、あんた達には!?鎚を振るえる手が、鉄を掴める手が!!」

「・・・ッ!?」

「鎚と鉄、そして燃えたぎる情熱さえあれば、武器はどこでも打てる!帰属なんて、王国なんて糞喰らえだ!!」

「__鉄の声を聞け、鉄の響きに耳を貸せ、鎚に想いを乗せろ!!全部、あんた達が俺に教えた言葉だろう!?」

「鍛冶師の誇りはどこにいったぁ!?」

 

 

 

「お前の意思は硬過ぎる。それこそ、鉄のようにな」

「幼いお前に、『魔剣』を強要させたのを悩んでいた・・・そして今のお前を見て、はっきりと後悔した」 

「だが、その身に流れる血は一生お前について回る。一族の宿命(クロッゾの呪い)は、お前を『魔剣』の道へと引きずり込む」

「それでも、お前は信念を曲げないのか?」

 その言葉は、奇しくも椿が問い、責めてきた内容と合致していた。

 魔剣鍛冶師としての素質。血にまつわる力を用いるか否か。

 椿には何も言い返せなかった。己の無力感に打ちひしがれ、意志が揺らいでしまった。

 だが今は違う。

 父親と祖父と__『クロッゾ』の因縁と対面したことで、ねじ曲げる訳にはいかない信念を思い出した。

「曲げねえ!!」

「『魔剣』を超える武器を作ってみせる!!血筋なんてものを見返してやる!!俺は『クロッゾ』じゃない__俺は、俺だ!!」

 至高を目指す上で避けては通れない己の野望を、言い放つ。

 

 

 

「椿の言うことは間違ってはないないわ。有限の時間しか生きられない子供達が神々の領域に辿り着くためには、それこそ何もかも支払わないといけない」 

「ヴェルフには、ヴェルフの信念があるんでしょう?」  

「・・・はい」

「なら自分を疑っては駄目よ。中身が空っぽな鉄ほど、もろいものはないのだから」

「神々は、子供達の意思の力が不可能を覆すことを、いつだって期待している。英雄と呼ばれた子供達が絶望を超克していった、あの瞬間のように」

 

 

 

 最初はこの鍛冶神に辿り着いてみせるという野望、そして目標だった。彼女が生み出しす至高の武器に至って、いや越えてみせようと。

 なんてことはない、ヴェルフもベルと同じだ。

 畏敬が憧憬に、憧憬が思慕に移ろうのは早かった。まずはヘファイストスの武器に惚れ込み、そして武器を打つ彼女の神格に惹かれたのだ。

 恋と言うには甘くなく、愛と言うには畏まってない。

 もっと幼稚で、憧れを伴った、炎のように熱い何かだ。

 

 

 

「この下にはね、貴方がびっくりするほど醜い顔が広がってる」

「不思議でしょ、神なのに。私も散々思ったわ。天界では他の神に嫌厭されたし、笑われた」

「この眼帯の下を見て、笑ったり不気味がらなかったのは、ヘスティアくらい」

だからそこあの幼い女神とは今でも腐れ縁であり、無二の神友であるのだと、ヘファイストスはほおを緩ませながら打ち明ける。

「あの眷族達も怯えた。だから、私なんかは止めておきなさい」

「ちょ、ちょっとっ」

「拍子抜けですね、ヘファイストス様。この程度で俺を遠ざけられると思っていたんですか?」

「貴方に鍛えられた鉄(俺)の熱は、こんなものじゃ冷めやしない」

「言ってくれるじゃない」

「これで相こです」

「もう。鍛冶師ってみんな偏屈で、負けず嫌いなんだから」

 

 

4章(愛しのボディーガード)

 このオラリオの地の下に広がる、迷宮の奥で。

 きっとこの中にも、本気で冒険者を愛して、そして枕を涙に濡らした者もいるだろう。エイナも担当していた冒険者が亡骸となってダンジョンから帰ってきた時は、独りでに膝が崩れ落ちた経験がある。隣を窺うと、ミイシャでさえその元気の鳴りをひそめさせていた。

 冒険者は、明日にでもふといなくなってしまうかもしれない危うい存在だ。

 故に誰も彼らに深入りしない。

 表面上は笑顔と優しい言葉で取り繕っても、受付嬢達の本質は、どこまでいっても事務的だった。

「チュール、今更あんたのやり方に口を挟むつもりはないけど・・・八方美人なんかしてると、後悔するし、偉いことにもなるわよ」

「・・・はい」

 そんな受付嬢達の中で、エイナだけがあえて冒険者達との距離を埋めている。

 冒険者の希望に快く応え、入念な打ち合わせを行い、自発的に座学を開く。

 きっといなくなると諦観するのではなく、死なせたくないという一心で。

 身が裂かれるような思いを何度も味わったその上で、エイナは冒険者達に歩み寄っていた。

 

5章(街娘の秘密)

 わざわざ廃墟を歩くような真似も、多分、膝枕をさせてきたことだって、『恥ずかしい』というこの人の照れ隠しだったのだ。

 澄ますか、わざとふざけないと耐えられないくらいには、ずっと羞恥を抱えていた。

「・・・」

 年上だと思っていたこの人の、女の子のような仕草を見て、僕は不思議な気分だった。

 抜け目がなくて、ちょっぴりしたたかで、物腰丁寧なこの人の印象が。

 新しい一面を多く目にしたことで、また変わっていく。

 ともすれば、動悸を覚える。

 いじらしく恥ずかしがるこの人の姿に、ボクも釣られて赤面していた。

「・・・良かったかも」

「えっ?」

「やっぱり、貴方に見つけてもらえて・・・良かったかも」

__甘い思い出ができたから、と。

 シルさんはそんな小っ恥ずかしい台詞を、ためらいもなく言った。

 

 

6章(とある女神の愛歌)

「ミアハ様達は・・・神様達は、子供達のことを好きになってしまいますか?その、恋人とか、伴侶として・・・」

「なる、であろうな。むしろ我々は、子供達にこそ惹かれやすい」

「そうだなぁ、わかりやすい例だけどアポロンなんかを思い出してくれよ、ベル君?あいつの愛は見境がなかっただろう?」 

 アポロン様・・・僕達が戦争遊戯(ウォーゲーム)で破った男神様。

   【非愛(ファルス)】とも呼ばれ、女神様にだって求婚した、恋多き神様。

アポロンは見初めてしまえば、広く、深く、子供達を愛し抜く」

「ミアハの言う通り、あいつは愛でて愛でて愛でて・・・そして子が亡くなった時は、オレ達から言わせればオーバーなほどに泣くだろう」

ミアハ様とヘルメス様の言葉に、僕はうろたえてしまう。

「お、おーばー・・・」 

「ああ。そしてひたすら嘆く。子の遺品が残ったなら、それを肌身離さず身に付けるだろうし、子を埋めた墓から木が生まれれば、それを聖木として扱うだろうね」  

「さ、流石にそこまでは・・・」

「するさ」 

疑ってしまう僕を、ヘルメス様は笑って断言した。

「逆にタケミカヅチなどは、父としての姿勢を貫くであろう。例えその女子に惹かれたとしても、求愛されたとしても、はっきり線引きする筈だ。女としての幸せを与えてやれぬしな」

ヘファイストスなんかはどうかなぁ。職人の成長を見守る、親方気分が抜けないかもきれない。神としての微笑ましさと女のしての感情、半々くらいで子供に接するんじゃないかな」

 ミアハ様が武神様のことを語り、ヘルメス様が鍛冶神様について笑う。

 下界の者達との間では子をなせないことや、父であることを望む義理堅さ、あるいは職人としての性など、神様達の個性や価値観からくる神愛の種類を教えてくれた。

「寵愛、ただの気紛れ、子を見る親の気持ち・・・子供に向ける愛の形はそれぞれだ。君達との触れ合いを久遠の思い出として抱き続ける神もいれば、あっさり忘れるやつもいる__逆に、天に昇る魂を追いかけてまで囲う美神なんかもいる筈さ」

「我々の愛の形はある意味、歪んでいるのだろう。ベル達からすれば、恐らくな」

「そ、そんなっ」 

 笑いかけてくるミアハ様に、僕は慌てた。

 慌てたけれど、完璧に否定することができなかった。

「・・・ミアハ様と、ヘルメス様は、どうしますか?」

「そうであるな・・・私もタケミカヅチと一緒かもしれん。愛してしまったからこそ、その者が伴侶を見つけ、家庭を築き、天界へ昇っていくその時まで・・・側で見守り続けてやりたいと思う。神としてな」

「おいおい、そんな難しく考えるなよ、ミアハもタケミカヅチも!?オレだったら好きになった女の子はみんな侍らせてしまうよ!なぁベル君、ハーレムは男の浪漫だろ!?」

ミアハ様が青空を見上げながら言い、ヘルメス様はどこまで本気かわからない能天気な笑声を上げる。「そなたはまたそんなことを言って・・・」とミアハ様が眉を下げて笑う中、同意を求められる僕も、つい苦笑をこぼしてしまった。

「__ベル。神々(われわれ)の愛は一瞬なのだ」

「悠久の時を生きてきたから我々だからこそ、恋に落ち、愛を抱くのは一瞬だ。多くの神々がそなた達、子供に一目惚れする」

「同時に、その時間はオレ達にとって、とても短い。君達にとっては生涯と言える時間であってもね」

 目を見開く僕に、ミアハ様とヘルメス様は諭すように声を繋げる。

 永遠を生きる神様達にとって、僕達との時間は・・・たった一瞬に過ぎないのだと。

 それは悲しいことである筈なのに、ミアハ様は穏やかな声で語った。

「だから、ではないが・・・神の求愛には向き合ってやってくれ」 

「ベルには、懸想している相手がいるのだろう?」 

「ぼ、僕は・・・」  

「畏まり、ひれ伏して、神の我儘に振り回される必要はどこにもない。自分の気持ちに素直になっていればいい」

 動揺する僕にミアハ様は、ぽん、と。

 その手を、僕の頭に置いた。

「ただ__誠実に向き合う。それだけでいいのだ」

「きっと神の多くは、それだけで納得してくれるであろう」

「・・・」

 だから神々の愛から逃げないでくれ、と。

 断っていい、受け入れても構わない、ただ恐れないでくれ、とミアハ様は全てを見透かしている瞳でおっしゃった。

 

 

 

「ブリギッド様、お許しください・・・守れなかった私を」

 持ち上がる震える右手。天に伸ばすかのように、ほんの僅かに浮かぶ。

 自責の念に縛られた弱々しい父親の姿を見ていられないのか、唇を噛み締めながら息子達が目を逸らした。アイズさんも僕も、うつむいてしまう。

 そして、ヘスティア様は。

 ご自身の両手で、ゆっくりとカームさんの右手を包み込んだ。

「ありがとう、カーム。私を愛してくれて」

 次の瞬間、女神様の声音が変わった。

「____」

 カームさんの目が見開かれた。

 僕も、アイズさんも、部屋にいる全ての人達も瞠目した。

 ヘスティア様のものではない口調、言葉、息づかい。

 まるで別の誰かが乗り移ったかのように、一人の子供に慈愛の眼差しと情愛の声を届ける。

 ご自身の唇を通して、知己の女神様が言うであろう、彼女の言葉を紡いだ。

「今も・・・これからもずっと、貴方を愛している」

 眠りにつく子供に送られる、神様の子守唄。

 女神様の、愛の詩。

カームさんの瞳から、涙がこぼれ落ちた。

「あぁ・・・!」

 虚空の先に尊い何かを見つけたように、唇を震わせた。

「ブリギッド様、私もっ・・・俺もっ」

 愛しています。

 それが、カームさんの最後の言葉だった。

 ヘスティア様が包み込んでいる手から力が失われる。

 彼に育てられた義子達は涙を床に落とし、娘は両手で覆い、床に座り込んだ。

 僕も涙を流す。

 止まらない涙を流す。

 視界が潤んで、旅立っていったあの人の顔がよく見えない。必死に腕で顔を拭う。

 アイズさんも、目を伏せた。

 ヘスティア様はぎゅっと手を握り、そっと胸の上に置く。

 女神様に愛を誓ったカームさんの顔は、僕が今まで見てきた誰よりも、何よりも。

 安らかなものだった。

 

 

 

「神様・・・」

「なんだい?」 

 「カームさんは、女神様(ブリギッド)に会えるんでしょうか?」

 下界を離れ、天界に還る『魂』の行方。

 「・・・難しい、かもしれない。フレイヤ達みたいな特別な神はいるけど、子供達の『魂』の管理は本来、死なんかを司る神達の領分なんだ。誰もが望んだ『魂』を神の審判にかけられるわけじゃない」

 そして天へ還った『魂』は真っ白な状態に戻され__何もかも忘れ、生まれ変わることでこの下界に再び戻ってくる。  

「__やっぱり神(ボク)達と愛を誓い合うべきじゃない。そんなことを考えているのかい?」

「!」 

「館で言い合った後、君はなんて融通が利かないんだって思っていたけど・・・違ったんだね」

「ボクとしたことが忘れていたよ。君は、自分が感じたことのある痛みを気付いてあげられる・・・他の誰かに同じ痛みを与えてしまうことも、怖がっていたんだね」

 全て・・・見抜かれてしまっている。

「君が引きずっているのは、亡くなったお祖父さんのことかい?」

 その通りだ。

 祖父を失って、一人になって、温もりが消えて。

 あの時の痛みを覚えている。あの時の空っぽになってしまった胸の痛みを覚えている。

 置いていかれる人の痛みを、知っている。

 カームさんがそうだった。神様に救われる最後の時まで、あの人はずっと苦しんでいた。

 __でも子供達には、必ず終わりが来る。

 死を迎え、生まれ変わることで、僕達はあの痛みを忘れることができる。

 __でも神様達は?

 永遠を生きる神様達は、忘れることはできない。その傷は神様達の胸に癒えない傷として、きっと刻まれることになる。

 友人から家族、家族から恋人、そして恋人から伴侶。絆を深めれば深めるほど、特別になればなるほど、失った時の傷跡は深くなり__あのどうしようもない喪失感となって、神様達を苛むのではないだろうか。 

 神様達は子供達と一緒に年を取ることができない。

 神様は必ず取り残される。

 だから、愛を誓うのは、神様達を苦しめるだけではないのだろうか。

 家族を失った自分以上の悲しみが__神様達には約束されてしまうのではないか?

 それが、怖い、苦しい、悲しい。

 人間同士とは違う、永遠を生きる神様だからこそ味わう虚しさ。

『__ベル。神々の愛は一瞬なのだ』

 ミアハ様はおっしゃった。ヘルメス様もおっしゃっていた。

 神様達の愛は一瞬だ。一瞬の愛を終えた後、永遠の喪失感を抱えていかなければならない。

 一瞬の代償が__永遠の悲しみ。

 それはとても、怖いことだ。

 祖父を失ったときの悲しみを、もしかしたらあれ以上の喪失感を、何百年何千年、何万年も抱え続けなくてはならないなんて。

 それはとても、恐ろしいことだ。

「・・・ベル君。そんなに深く考えないでおくれ。ボク達は__」

 できない。

 頭を振る。

 神様の言葉を遮って、駄々っ子のように、これだけは言うことを聞こうとしない。

 永遠なんて尺度は僕にはわからない。文字通り想像を絶する。

 でもきっと僕だったら__耐えられない。

 自分が味わったあれ以上の喪失感を背負い続けていくなんて。

 自分が味わったあれ以上の喪失感を、神様に与えてしまうなんて。

 それだったら、愛なんてものは誓わない方がいい。

 精霊と英雄の恋歌と同じ。神様達と子供達の愛歌は非愛に終わる。

 神と子は、同じ時を生きられない。

「・・・なぁベル君。ボク達と君達は、同じ時を生きていけないかもしれない」 

僕が顔を上げようとしない中、神様はそっと左手を伸ばし__僕の右手に重ねた。

「でも、ボクはずっと君の側にいるよ」 

「えっ?」 

「ボクは君がどんなに年を取っても、よぼよぼのおじいさんになっても、ずっと一緒にいるよ。離したりするもんか」

「例え死が、ボク達を一度は引き離したとしても・・・ボクは、必ず君に会いにいくよ」

「何百年、何千年、何万年かかったとしても、生まれ変わった君に・・・ベル君じゃなくなった君に、会いにいくよ」  

「____」 

「そして言うんだ、ボクの眷属(ファミリア)にならないか、って」 

 最初に出会った時の光景と、今の神様が、ほっくり重なった。

「___ぁ」

 涙が出そうになった。

 歯を食い縛る。

 体を震わせながら顔を伏せて、漏れ出そうになる何かを必死に押さえ込もうとする。

 神様は、そんな僕に両手を伸ばし、優しく抱き締めた。

「下界だろうと天界だろうと関係ない。ブリギッドとカーム君と一緒さ。君にまた、出会いにいくんだ」

「ボクだけじゃない。他の神も、君達との絆を永遠にすることができる」

「だってボク達は、永遠を生きることのできる神様なんだぜ?」

「だからベル君、ボク達との愛を怖がらないでくれ」

__神々の愛から逃げないでくれ。

 断っていい、受け入れても構わない、ただ恐れないでくれ__ミアハ様もおっしゃっていた言葉。

 涙腺が壊れる。涙が止まらない。恐れていた何かが心の中で溶かされていく。

 家族、恋人、伴侶、愛。この気持ちが何なのかわからない。

 神様へのこの想いが一体何なのか、全然わからない。

 わからないけど、僕は、その思いを口にしてしまった。

「神様っ・・・僕はずっと、神様と一緒にいたいですっ・・・!」

「うん・・」

「ずっと一緒にいるよ、ベル君」

 

 

 

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 7巻 【重要文&名言集】

 

 

目次

  • 1章(順風満帆?)
  • 2章(走れクラネル)
  • 3章(狐兎憂悶)
  • 4章(ヨシワラ×ウタカタ)
  • 5章(殺生石
  • 6章(英雄切望)
  • 7章(ゴッデス・ウォー)

1章(順風満帆?)

「神様は・・・僕のために、借金までして、このナイフをくださったんですよね?」

「・・・」

 神様は答えてくれなかったけれど、その沈黙は肯定と同じだった。

 胸に痛みが走る。

 《神様のナイフ》には一杯助けられてきた。沢山の戦いを越えてここにいることができるのは、このナイフを用意してくれた神様のおかげだ。

 神様に重い負担をかけて、僕は今日までやってこれたのだ。

「・・・気に病まないでくれよ、ベル君。これはボクが勝手に・・・」

 優しく微笑みかける神様の言葉を遮って、僕は立ち上がった。

 腰に差しているナイフを手でなぞった後、神様のことを真っ直ぐ見つめる。

「神様・・・僕は、二人で一緒にお金を返していきたいです」

 神秘的な青みがかった瞳が見開かれる。

 驚く神様に向かって、僕は言葉少なに、けれど精一杯の想いを込めて懇願した。

 だって、このナイフは、きっと・・・神様と眷族の、絆そのものなのだから。

 

 

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ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 6巻 【重要文&名言集】

 

 ブログを始めるきっかけとして、前回はソードオラトリアの現最新刊(2017/9/27時点)を書かせてもらいましたが、今回からは、アニメで放送されていない巻、6巻から書いていこうと思います。そして今回からは名言のみにしました。

 

目次 

  • 1章(憤激の兎)
  • 2章(shall we dance?) 
  • 3章(勃発)
  • 4章集う者達)
  • 5章(僕等のウォーゲーム)

1章(憤激の兎)

誉めてくれる声やその尊敬の眼差しは、とても気持ち良くて、嬉しかったけれど、自信を持って胸を張ることは難しかった。

 賭けてもいい。

 あの戦場で共闘していた誰か一人でも欠けていたら、僕はここいになかったと思う。

 【英雄願望】のおかげで止めこそ刺せたけれど、一撃を放つまで無防備だった僕を庇っていてくれたのは、他ならないリューさん達だ。階層主はもとより、周囲にいたモンスターの群れに襲われれば一溜りもなかった筈。

 沢山の人達に守られて、助けられて。 【ファミリア】の垣根を越えて一致団結できたからそこ、勝利をもぎ取ることができたのだ。

 

__とりわけリューさんの活躍は著しく評価された筈だ。階層主との交戦で発生した【経験値】の大半は彼女のものになったに違いない。

 完璧な独力。

 仲間を庇うため巨大な怪物をたった一人で迎え撃つ・・・英雄譚の一場面にも迫るその偉勲に、今更ながら 畏怖を覚える。 

 

「君がボクのために怒ってくれるのはとても嬉しいよ。でも、それで君が危険な目になってしまう方が、ボクはずっと悲しいな」

「ベル君の気持ちはわかるんだ、逆の立場だったら、ボクも火を吐くほど怒る。でもそれで相手と喧嘩したボクが、ボコボコになって帰ってきたら、ベル君はどう思う?」

「・・・泣きたくなります」

「だろ?ボクも同じさ。少し不公平かもしれないけど、主神を馬鹿にされたって腹を立てないでくれよ。神ってやつは、子が息災であることが一番嬉しいんだ」

「今度は笑い飛ばしてやってくれよ。僕の神はそんなことで一々怒るセコイやつじゃない、懐が広いんだ、って」

 

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ダンまち外伝 ソードオラトリア 9巻 概要 解説 名言 (後半)

前半はかなり長くなってしまったので今回は書き方を少し変えようと思います、始めたばかりなので一貫性はないですが、試行錯誤しながらやっていきますので、よろしくお願いします。

 

 

 目次

 

  • 3章(北の山から)
  • 追憶3章(在りし日の神々と人々)
  • 4章(遺るもの、残されるもの)
  • 追憶4章(風が望む永遠)
    • ランクアップ
    • 最大派閥としての使命
    • アイズの英雄
    • 優男の誘惑
    • 代理母の気持ち
    • その頃アイズは
    •  タナトスの誘惑
    • テンペスト
    • アイズの家族(ファミリア)
  • エピローグ(風が望んだ今)
    • さよなら
    • おかえり
  • 最後に...。

 

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ダンまち外伝 ソードオラトリア 9巻 概要 解説 名言(前半)

初めての感想投稿になります、今回はソードオラトリア 9巻の感想を述べるわけですが、小さくまとめるのではなく、章ごとに目次を立て感想を述べる形にしようと思います。

 

 

 

プロローグ(妖精の追憶)

ラキア王国との戦争しているということはダンまち本編でいうと時系列的には8巻に当たりますね。

 開始早々ロキファミリアにコテンパンにされているラキア王国軍ですが、主神はアレスということで、軍神としても有名なアレスですがこれでは面目が立ちませんね…。

「べートとリベリアの会話にて」

べート「あの女も随分使えるようになったな…」

 初めはレフィーヤを罵倒していたべートが彼女を認めるような発言をしてるのが嬉しいです(*^_^*)

リヴェリア「焦れば焦るほど自分を追い込む。そして自分を傷つける。…あの娘もそうだった」

 人は苦しみから立ち直った時、真に成長します、それが冒険なのだと自分は思っています。

「アイズの過去描写」

「少女を助けてくれる『英雄』など、最初からいなかったのである」

 辛い過去が在るみたいですが、それがアイズ自身を強くしたことは変わらない事実です、自分なら自分を強くしてくれた憎き過去さえも糧であったとして受け入れて感謝さえしてしまう気がします。

 

1章(陣営での1幕)

 ピンク色のエルフとして活躍していたレフィーヤですが、レフィーヤを活躍させることもフィンの思惑だそうで…フィン程の頭脳があれば神以上に神の役目を果たせそうですね。

 

 レフィーヤはあまり自分の功績を認めず謙遜していますが、ここはとても共感できます、恐らく妥協し喜ぶ事が自分を弱くする事を分かっているのでしょう、この程度で慢心していてはいつまで経っても目標に追いつけないというレフィーヤの一途な想いが滲み出ています。

「都市最強魔道士の後釜」という語に前は萎縮していたレフィーヤですが、今は自分に自信が持てているようでいずれはこの語に当てはまることでしょう。

 寝る間も惜しんで努力するしているレフィーヤはアイズ達幹部とよく行動を共にしているので足で纏いになりたくないのでしょう、早く強くなりたいという想いが現れています。

そしてアイズの過去についての話へ...。

 

追憶1章(少女の始まり)

 いきなりロキとの契約シーンで始まりました、つまりロキファミリアに加入後の過去と言うことですね。生い立ちについての過去が語られるのはまだ先のようです。

 

「ギルドでの冒険者登録」

いきなり【神聖文字】で書き始めるアイズですが、一体どこで知ったのでしょうか。

 名前と歳以外記入されていない登録紙、これはアイズが自分の意志で隠したのか、リヴェリアがそうさせたのがどちらでしょうね。

リヴェリア「詮索するな、それだけしか言えんこの発言から恐らくリヴェリアがそうさせたのでしょう。

 登録を済ませてすぐダンジョンへ向かおうとするアイズ、この時点で既に強さを求め、強さに飢えていることが窺えます。

 

「ギルド職員という仕事」

 ギルド職員のローズとリヴェリアの二人になった途端、ローズは隠していた文句を投げつけてきます。

それは多くの冒険者の死に触れてきたギルド職員がする非難であり、本心であった」

 ギルド職員は冒険者とのやりとりをしていく内に自然といろんな感情が芽生えていくでしょう、しかしあっけなく死んでしまう冒険者も居て、心を強く持たないとやっていけない職業です。

 大半のギルド職員はそれが辛くて情が移らないようにしていますが、中にはエイナのように死なせない努力を惜しまない人物もいるので、やりがいは大いにありそうですね。

 

「初ダンジョン」

 アイズの最初の防具は小人族(パルゥム)用ということで、やはり7歳にして冒険者になる者はそういないことが分かります。

強くなる、強くならなきゃいけない、悲願のためにも

もうアイズを守ってくれる者は誰もいない

 「悲願」が何を指しているのかは不明ですが、守ってくれる者は誰もいないと信じ込んでいることから、昔は自分を守ってくれる存在が居た(おそらく父親?)だが今はそれがいない、だから自分で自分を守れるようになる。という信念があるのでしょうか...。

あれほど怖かった武器を手に取り...

 昔は怖かった、けど今は確かな信念がある、アイズは7歳にして辛い想いを乗り越えているようです。

少女が踏み出した『始まり』の一歩

 初めてモンスターを倒したアイズ、ですが彼女はこれを通過点としか捉えていないようです。

 目標を高く持つことはいいことです、しかし挫折がつきもの、大半の人は今の実力や成長の過程を想像できず目標を区切ったりしますがアイズは違いました。英雄の背中を見て育ったからか、アイズは既にセンスを持っているようです。

 

「執務室にて」

 アイズとロキのやりとりを創造するととても微笑ましいというか、アイズを創造するととても可愛らしい...。

フィン「『力が欲しい』か...人のことはあまり言えないけど、あの娘の欲求はあまりにも直線的で、危ういものだよ」

 一つの目標に向かうことはいいことですが、その為にどう努力するかが肝心ですね、アイズにとって強くなる=修行 みたいなものなのでしょう、視野が狭まると他のことに躓いてしまいます。

ウェポンブレイカー

 今でも武器を壊して鍛冶師を困らせているアイズ達ですが、アイズは昔から特にそれが顕著なようですね。

スキル

 Lv,1の冒険者らしからぬモンスターの倒し方をしたアイズ、それはスキルによるもののようですが、エアリエルではないようですし、どんなスキルなのでしょうか、ベルの憧憬一途(リアリスフレーゼ)と似たようなものな気がします。

教育係

 アイズには精神の鍛練が必要という判断からリヴェリアが教育係になることに、「誰がママだ」というセリフはこの日生まれたんですね。

リヴェリアまずスキルを制御するすべ....感情を統べる心を身につけなくてはならない。今あの娘に必要なのは、肉体ではなく、精神の鍛練だ」

 

「フィンとの実践練習」

「君に足りないものは技と駆け引き。後は圧倒的に知識だ」

 アイズがベルとの訓練で言った言葉はフィンが発端だったのですね。

模擬戦を通じて彼我の距離を実感させられた今、フィンの言葉の重みが理解できる。いかに自分が無鉄砲で、無謀で、視野が狭かったを。

 アイズには言葉で教えるよりも力で教える方がいいと考えたらフィン、彼の策略通りアイズは納得しましたね、確かに自分より強いか分からない相手に上から目線で指図されても素直には聞けません。

 しかし見た感じアイズはまだ柔軟性があると言えます、頑なになりすぎていると人から学ぶということが出来ないほどに視野が狭まってしまいますから。 

 

「仲直り」

 リヴェリア「アイズ…私も熱くなりすぎていたようだ。至らない身で、すまない」

 素直にまだファミリアに入ったばかりのアイズに謝ることができるリヴェリアは寛大な心をお持ちのようです。 

 

「成長したアイズ 」

 リヴェリア達の強さの秘密が少しだけ分かったような気がした。

彼女達は積み重ねてきたのだ。本当に沢山のものを。

  戦いの経験だけではなく、心理的なものも含め強くなるために必要のは戦いだけではないと学んだアイズ、これは大いなる進歩ですね。

2章(束の間の静穏)

「いたずらに被害を出しながらも攻勢打って出ない王国(ラキア)は、どうやらこの戦争を長引かせたいらしい。オラリオの戦力を都市外にとどまらせるために」

 こちらの裏を突いてくる敵の策略をいとも簡単に見破るフィン、彼はどんな経験を積み重ね今の頭のキレ、勘の良さを手に入れたのでしょうか...。敵からしたらたまったもんじゃないです。

 

「一途愛情」

レナ「私が殺されたと思ったベート・ローガは絶対に敵討ちをしようって誓っちゃって...うへへへ...これって愛だよね、愛!?ベート・ローガが私のことを好きすぎるっていう証明!!」

 ベートとレナのやりとりは結構好きなのでこの調子でがんばってほしいですね、自分は8巻でベートが一番のお気に入りキャラになりました。

でもほんとにあれは敵討ちそのものでしたよね...。

 

 

「妄想変態レフィーヤ!」

 お得意の妄想で我儘で子供っぽいアイズを想像して興奮しているレフィーヤ

レフィーヤ「えっと、あの、そのっ、りっ、リヴェリア様に昔のアイズさんに私が似てるなんて言われっちゃって、じっとアイズさんのことを見ていたというかっ...あ、あははははははは!」

 昔のアイズ という語に反応してバレるのでは...と思いましたが鈍感アイズ大丈夫でした。

 

フレイヤとロキの諍い」

ロキ「タンムズって子供、知っとるか?」

フレイヤ「・・・その子がどうかしたの?」

ロキ「質問を質問で返すなや、知っとるのか、知っとらんのか、言え」

 フレイヤが言い逃れできないよう釘を刺すロキ、怖い。

フレイヤ「貴方が何を言いたいのかわからないわ、ロキ。貴方の神意を把握できなければ、私も『知らない』としか言えない」

 それに全く動じず返すフレイヤも怖い。

フレイヤ「例えば、貴方の言うその子供が私の目に適ったとして...例えば、理由はわからないけれど何者かに狙われる身であったとして...そんな子供の居場所を、私が迂闊に喋ると思う?」

 もう例えではないような気がしますが、フレイヤも牽制をいれます。

 そして実はすぐそばに居たタンムズ、この先フレイヤファミリアがどう関わってくるのかが楽しみです。

 

「ベルとレフィーヤ」

ベルから喧嘩して出て行ったヘスティアを探していると聞いたレフィーヤ

レフィーヤ「貴方は私のこと何だと思っているんですかっ。確かに私は貴方のこと嫌いですけど、困っている人に力を貸す程度の心は持っています!それに見返りはちゃんともらいますからっ」

 ここがレフィーヤの良い所ですよね、嫌っている人でも困っていたら助けてあげられる、この心の寛大さはリヴェリア譲りでしょうか、今までも嫌みを言うのは基本的に心の中だけでしたもんね。

そうだ、これはアイズと同じ。

ただの善意ではない打算。もしヘスティアを見つけて教えてあげられたら、成長の秘訣を聞いてみよう。レフィーヤは無理やり建前を作って、ベルを助けることにした。

 ツンデレ...なんですかね?自分を無理やり騙していますが、これは明らかに善意...。

ただこの後ヘスティアが誘拐されたと聞き絶叫するレフィーヤでした。

 

「追憶」

『危うさを秘めている』 『ダンジョンには護衛が要同伴』 『剣技には光るものがある』 『僕もガレスもつい叩いて鍛えすぎてしまう』『護衛がいるとはいえ半年でソロの10階層到達、凄まじい』

【ロキ・ファミリア】の記録書に目を通していたリヴェリアが見つけた昔のアイズについてのフィンの見解。

 半年で10階層が凄まじい、ならベルの一ヶ月ほどで10階層到達はとんでもないことがわかります。

ガレスの手には鞘に納められた一振りの短刀があった。

彼の手が引き抜くと傷だらけの剣身があらわになる。うっすらと波紋が走った珍しい構造。汚れが目立ち、年月を感じさせるものの、未だに衰えぬ刃の輝きから十分な業物であることがわかる。

 話の流れから察するに昔のアイズが使っていた剣なのでしょう。

 

追憶2章(汝は剣なりや?)

「まだ足りないもの」

リヴェリア「フィンたちとの訓練に意欲的に取り組み、座学にも励んでいる。心の制御も大分身に着けているが...あの娘は己の体を顧みない。鍛練、鍛練、鍛練、その一辺倒だ」

フィン「なまじ戦い方を身に着けただけ、多少の無理も聞くようになってしまったからね。迷宮探索を許可したのは尚早だったかもしれない」

 体を休める暇があったら鍛練に励んで早く強くなりたいのでしょう、このままではまだいつか躓いてしまう生き方をしています。

心身の酷使を厭わないアイズの現状。リヴェリア達の頭を悩ませているのはそれだった。

第一級冒険者の教えを貪欲に取り込もうとする姿勢は非の打ちどころがないのだが、いかんせん前のめりに過ぎる。端的に言ってしまえば『強くなること』以外の事柄に少女は一切関心を払ってないのだ。

 強くなること以外に興味がない、つまり視野が狭く育ったということ、アイズの天然はこれが遠因していたのかもしれません。

フィン「今、アイズが下級冒険者達の間で何て呼ばれているか、知っているかい?」

リヴェリア「何だ?」

フィン「笑えるよ。...『人形姫』だってさ」

リヴェリア「全く笑えん」

 人形姫という名はあまりいい印象を持たれるとは思いませんね、フィン達からすればファミリアの印象にも関わってきますからね。

 

「そのころアイズは......」

 力にかまけて過剰殺戮を連発していた頃とはまるで違う。無駄な動きや力を省き、速さと鋭さをもってモンスターを屠る。敵の情報をもとに的確に弱点を突き、頭部ないし胸の『魔石』に斬撃を叩き込んでいく。

 勉強を通して、効率よく敵を倒すことを学び、効率よく強くなれると考えたアイズ、これが速い成長の真相なのでしょう。

「若いもんには失敗させろ。そして学ばせろ」

ガレスのその言葉の本質をアイズは理解こそしていなかったが、自分には都合がいいと、そう解釈している。

言葉の通り今のアイズには失敗させて学ばせる方法が一番手っ取り早いと思います。ですがなかなか失敗しないアイズ、『恩恵』とセンスの相乗効果でしょうか。

『人形姫』。

それは返り血を浴びてもなお表情一つ変えず、ひたすらモンスターを狩り続ける少女を同業者が嘲り、戦いて付けた渾名だった。この半年間、感情を削ぎ落して徹底的に怪物どもを殺戮する【ロキ・ファミリア】の新団員の存在は、『ギルド』や下級冒険者の間では噂になっている。同時に今年の大型新人冒険者候補の最有力だとも。

人形姫という名は良い印象も悪い印象も持たせていたようですね。ギルドとしては強い冒険者が生まれるのはありがたいことでしょうが、同じ冒険者からしたら嫉妬などを向けられる対象になるかもしれません、当の本人は気にしそうにないですけどね。

 アイズ「武器も、特注品(オーダーメイド)が欲しい。壊れないやつ」

ガレス「下級冒険者が笑わせるわい。せめて得物を壊さない使い方を身に着けてからにしろ」

道中、警戒を払いながらガレスと打診という名の会話を交わす。本命の要求を取り合ってもらえず、アイズは今度こそ不満をあらわにした。

 壊れないやつ、とは不壊属性(デュランダル)のことを指しているのでしょうか、アイズが不壊属性を知ってない気がするので(外の知識に乏しいため)ただ耐久性の高い武器のことだと思いますが。

 そしてガレスはアイズに強い武器を持たせるにはまだ早いと考えているのでしょう、高い武器を買ってまたすぐ壊されてもたまったもんではないという懸念か、強い武器を使い自信をつけすぎてまた無理することへの懸念か、あるいは両方ですかね。

ガレス(儂等の前では、年相応の顔をするんじゃがのぅ...)

 少なくともガレス達には気を許しているということですね、自分に強くなる術を教えてくれる人たちという印象からくる尊敬心からでしょうか。

ガレス「『キラーアントの大群!』仕留めそこなった冒険者が『怪物進呈(パスパレード)』でもしたか!」

襲われる冒険者達を助け出すため、アイズはリヴェリア達にいいつけられていた心身制御を破った。己の能力を十分に解放した少女が殺戮の使徒と化す。

 冒険者を助けるため、とありますが今のアイズに道徳心があるのでしょうか、そう考えるとアイズは力を抑えるのに耐えきれず本気で戦ってみたくなったのではないでしょうか。

「…戦闘人形(キリングドール)」

「人形姫…いや、『戦姫』」

 二つ目の渾名の誕生です、人形姫よりは聞こえはいいですが…。

 

「説教 」

リヴェリア「成長しているからといって思い上がるな!力を中途半端につけたこの時期に、冒険者は最も命を落とす!しかも私達の言いつけを破って『スキル』を使ったそうだな!依存せず平時の能力で戦うことを心がけろとあれほど言っただろう!」

 先程も言ったように自信を下手に持ちすぎて勢い余って死んでしまうなんてありがちでしょうしね。

スキルとは一体何なのでしょうか、ここまでハッキリしていない『スキル』ですが…。

 

アイズは時間を全て修練に費やしていた。食事は最小限、フィン達との模擬戦に少しでも枠を当て、暇さえあれば必ず素振りをしている。早い起床のため恐らく睡眠さえ削っているだろう。疲労も蓄積されている筈だ。

 体を休めなくては訓練中も調子が悪くなってくる筈なのですが、しかもまだ歳も幼いのに痩せ我慢なのでしょうか…。

 

フィン「アイズ...僕もリヴェリアと同意見だよ。今の君に強力な武器なんて与えられない、自分のことはおろか、いつも想ってくれている他人のことにも気づけないほど、目が曇っている君にはね」

 身近な人間の気持ちにほど気づきづらい、アイズはまだ人情が理解できるまでに至っていないということでしょうか。

アイズ(何故わかってくれない。自分がどれだけ悲願を求めてやまないかを知っている癖に。

 アイズにとっては邪魔されているような感覚だったのではないでしょうか、親の愛情を知らずに育った訳では無さそうなのですが、アイズがリヴェリアをどう捉えているかでしょうね。

 

「家出の先で」

雨宿りの先で椿と出会うアイズ、そこで武器を作ってほしいと頼み込むアイズですが...

椿「何故、手前に作ってほしいなどと言う?」

アイズ「す、すごい鍛冶師だと思うから...!」

椿「何故、剣が欲しい?」

アイズ「私の使う剣は、全部壊れてしまうから...だから...壊れない剣が欲しい...!」

椿「剣を手に入れてどうする?」

アイズ「強くなりたい」

 問答を通して何かを確認する椿。

椿「断る」

 最後の答えが間違っていたようですが、ここは考えても自分には椿の求める答えは、確信の持てるものでは思いつきませんでした。

 ただアニメ版ソードオラトリア 11話で椿とアイズの過去を懐かしむ会話があり、そこにヒントがありましたね。

 強くなるためだけに剣はあるのでない、剣を敵を倒す道具としてしか見ていない輩はすぐに死ぬ、自分をも顧みない、自分を一振りの剣としか思っていない輩に作ってやる武器はない、これが椿の見解でしょうか。

椿「それに、壊れない剣が欲しい、だと? おかしなことを言う」

 「まだ折れておらぬ剣なら、そこにあるであろう?」

アイズ(まだ折れていない剣?いつか、折れてしまう剣?私が...剣?)

 肝心なのは折れない剣ではなく、折れない信念ということか、

アイズを剣と捉えたとき、折れるまで使い続けるのではなく、手入れをして長く使えるようにする、ということか。

アイズ(核心を射抜くあの言葉が。自分が剣?人ではなく、武器?壊れゆく定めにある、いつか折れてしまう剣?)

アイズは急に自分のことがわからなくなっていた。見失っていた。そんなことはないと否定できなかった椿の言葉が、心を揺り動かしている

 椿という刃に、心を穿たれたアイズ、何が正しいのか、自分はどうすればいいのか、核心を突く言葉によって分からなくなっています。

 

「ガレスによる代弁」

ガレス「アイズ、浴場で身を温めたら、儂の部屋に来い」

ガレスの部屋で武器の手入れについて教えてもらうアイズ、ガレスは椿がアイズに何を言いたかったのか、即理解していたようです。

ガレス「モンスターの返り血を浴びて放っておけば錆びてしまうし、塵の一つでも付いておれば切れ味は鈍る。得物というのは頑丈そうで、その実繊細な代物じゃ」

「『武器は使い手の半身』。こんな言葉もある。儂等の手で半身を労わってやらなくては」

武器にも手入れが必要なように、己にも手入れをしてあげなければすぐに折れる。

ガレス「手もとの剣を見ろ。お主が使っていた得物じゃ。どこも傷だらけ...今のお主と一緒だ」

「椿の言葉は、そういうことじゃ」

アイズが理解を拒んでいた事柄が、手もとにある短剣と結びついて顕現する。

ガレスの言う通り傷を残した短剣。刃毀れも見受けられる。今も苦痛に喘いでいるアイズの『半身』。

 ここまでこれば理解できましたね。

 己を剣と例えた説明、あっぱれです。

ガレス「だから、大切にしろ。武器もお主自身も。それができて、初めて一端の冒険者よ」

 

「また一歩成長したアイズ」

その日から、アイズは夜になると剣の手入れをするようになった。

与えられた塔の最上階の自室で、明かりもつけず、窓からそそぐ月明かりに照らされながら、寝る前に毎日欠かさずに。ベットの上で、傷付いた剣身をなぞりながら。

 心に決めたことを欠かさずにできる愚直さというか一途なところはアイズの長所ですね。

強い武器が欲しいとも言わなくなった。ガレスが目利きをしてくれる得物を体の延長のように用い、苛烈な剣技と繊細な剣術を使い分けた。別れが来るその時まで付き合い、その度に何かを得たような気がした。

 

リヴェリア「その、なんだ...髪の手入れを、私にさせないか?」

アイズの方がまだ長いとはいえ、その後ろ姿は姉妹、あるいは母子のように似るようになっていた。

 

「最初の愛剣」

フィン「アイズ、君に武器を作る」

 薄っすらと蒼みがかかった美しい剣に、リヴェリアやガレスは感嘆し、アイズは言葉も忘れて見惚れた。

「剣の名は...《ソード・エール》」

アイズ「《ソード・エール》...」

天を衝く最初の愛剣は、その剣身を輝かせた

 これがガレスが懐かしんでいた剣だったのですね、強くなるために大切なことを理解したアイズ、あとは時を待つだけではないでしょうか。

 

最期に...

初めて感想?を書きましたが解説みたいになってますね、まだ前半ですがかなり長くなってしまいました、書くのもなかなか大変でしたが後半も書いていこうと思います。