妖精譚

基本気まぐれ不定期でラノベなどの名言pickや解説、感想を投稿します

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 7巻 【重要文&名言集】

 

 

目次

1章(順風満帆?)

「神様は・・・僕のために、借金までして、このナイフをくださったんですよね?」

「・・・」

 神様は答えてくれなかったけれど、その沈黙は肯定と同じだった。

 胸に痛みが走る。

 《神様のナイフ》には一杯助けられてきた。沢山の戦いを越えてここにいることができるのは、このナイフを用意してくれた神様のおかげだ。

 神様に重い負担をかけて、僕は今日までやってこれたのだ。

「・・・気に病まないでくれよ、ベル君。これはボクが勝手に・・・」

 優しく微笑みかける神様の言葉を遮って、僕は立ち上がった。

 腰に差しているナイフを手でなぞった後、神様のことを真っ直ぐ見つめる。

「神様・・・僕は、二人で一緒にお金を返していきたいです」

 神秘的な青みがかった瞳が見開かれる。

 驚く神様に向かって、僕は言葉少なに、けれど精一杯の想いを込めて懇願した。

 だって、このナイフは、きっと・・・神様と眷族の、絆そのものなのだから。

 

 

 

 

2章(走れクラネル)

 恐怖が、絶望が、苦痛が、痛哭が、破滅が、終焉が、闇が。

 僕の背後で口を開けてまっている。

 凄惨かつ陰惨かつ悲惨かつ惨憺たる未来が、僕を呑み込もうとしている。

(走れ)

 終わる。

 彼女達に捕まれば、ベル・クラネルは終わる。

(走れ、走れ)

 意志を保つこともできず願いを叶えることもできず想いを届けることもできず。

 夢も希望も、憧憬が木っ端微塵に砕け、再起不能に陥る。

(走れ、走れ、走れっ)

 憧憬(すべて)の原動力を失い、もう『成長』できなくなるり

 確信が、ある。

ベル・クラネルは___ベル・クラネルでいられなくなる!!

 

「英雄は、春姫さんみたいな人を見捨てない!資格がないなんて、あるわけない!!」

 僕みたいなやつが、彼女の現実を否定することはできないかもしれない。

 けれど僕が憧れた英雄は、祖父が聞かせてくれたあの人達は、決して裏切らない。

 勇敢な彼等なら、今の貴方を見ればきっと救ってくれる筈だと。

 そんな僕の訴えに瞠目していた春姫さんは・・・目を細め、微笑んだ。

 

 

3章(狐兎憂悶)

 

リリはあえて心を鬼にして、悪者___『嫌な奴』を演じていたのだ。

【ファミリア】のために、神様のために、そして僕達のために。

 命さんも真意に気付いて驚く中、赤らめた顔を背けるリリの隣で、ヴェルフはみんなをまとめる長兄のように笑った。

「【ファミリア】の一員としては、俺もリリスケの言い分に賛成だ。派閥を危険には晒せない」

「でも」と僕と命さんの顔を見回して、言葉を続ける。

「お前達が何かしたいっていうなら、俺は手伝ってやる、最後まで付き合ってやる」

 僕達の意志を汲んでくれるヴェルフに、ぐっと胸が詰まり、同時に何も言えなくなる。命さんもそれは同じようだった。

 自分の立場と、願望、それに伴う責任。

 様々なものを秤にかけ、葛藤し、動けなくなっている。

 

___『娼婦は破滅の象徴です』。

 昨夜の春姫さんの言葉が蘇る。

 確かに、娼婦は破滅の象徴だ。

 少なくとも、英雄譚の中ではそう描かれている。

 彼女達と関わった英雄は大なり小なり苦難に見舞われる。

 事実この本の主人公も求愛を断ったが故に娼婦の怒りを買い、破滅の道を歩むことになる。

 娼婦は侮蔑、あるいは哀れみや同情の対象であり、決して救済の対象ではない。

 淫奔に走った彼女達には非難と蔑視が向けられる。

 僕が憧れる英雄の多くも、彼女達を助けていない。

「いや、違う」 

 春姫さんの言った通りだ。

 心と体を売った娼婦が、真の意味で、英雄に寄り添う資格はない。

 隣に立つことは・・・できないのだ。

「・・・」

 破滅へと引きずり込まれる英雄の物語を開いたまま、本棚の前で立ちつくす。

 抱くのは無力感とやるせなさ。こんな思いを味わうのなら、関わるべきではなかったのか、憐憫を抱いてはいけなかったのか、知らなければ良かったのか。

 自問自答が繰り返される中、でも、と絞り出すような思いで呟く。

 出会わなければよかったとは、思いたくない。

 出会いはきっと、尊いものである筈だから。

「・・・お祖父ちゃん、僕は」

 ヴェルフ達とのやり取りを思い出す。自分はどうすればいいのか、どうしたいのか。 

 おもむろに、黄昏が訪れている窓の外を眺める。

 西の空には、真っ赤な夕陽が浮かんでいた。

 

 

4章(ヨシワラ×ウタカタ)

 

 例え24階層までの到達Lv.を超えていても、容易に足を踏み込めば初見の階層は大いに危険___『情報』と『経験』の違いを口酸っぱく告げてくる。

 確かに・・・ほいほいと到達階層を増やしていくのは危険だろう。

 流行る気持ちはあるものの、個人ではなくパーティとして地力を上げていくことを、そして入念な下準備が初めての階層に挑戦する上で不可欠だ。あのリューさんも、中層以降でなこの力ではなくパーティの力量がものを言うと説いていた筈である。

 目標はあるが、焦らない、慢心しない、僕はそう気を引き締める。

 

 

 

5章(殺生石

「ただの同情ならやめときな。虫酸が走るよ」

「ち、違っ・・・!?」

「なら、あんたはこの娘を救えるって?私にはそうは見えない。あんたじゃ任せられない」 

 咄嗟に反論しようとするも、その眼光に気圧される。 

 容赦のない視線。それと同時に、その言葉はどこか試すような響きが宿っていた。

単純な力のことを言ってるんじゃない。あんたには覚悟が足りない」 

「っ・・・!?」

「この春姫と駆け落ちして、心中でもしてやれるなんていう覚悟がね」  

 胸の奥底まで見透かしているような言葉に、心臓を鷲掴みにされる。

「お前は、雄の顔をしていない」

 そして、決定的な言葉を叩きつけられた。

「傲慢で、荒々しくて、欲深い雄の顔をしていないんだよ、お前は」

「フラフラして意気地のない、ただのふぬけたガキの顔さ」 

「お前は、この娘のために全てを投げ出せない」 

 失望が入り交じった声音で、アイシャさんは一気に言葉を連ねた。

 胸を穿たれた僕は言葉を紡げない。側にいる命さんもそれは同じだった。

 立ち竦むばかりの僕達に、アイシャさんは一層落胆したような視線を向けてくる。

 春姫さんは、ただこの時が過ぎ去るのを待つように・・・両手で体を抱きしめていた。

 

 

 

___見抜かれた、見抜かれてしまった!!

 全部あの人、アイシャさんの言った通りだ。

 僕は春姫さんのために、全てを投げ出せなかった。

 僕は神様達と__仲間と春姫さんを天秤にかけてしまった!

 あの時、彼女を助けると言えなかった!!

 「ぐぅ、っ・・・!?」

 噛み締めた歯の隙間から呻き声が漏れる。

 大派閥に標的にされるという多大な危険性、それを恐れて立ち竦んだ。

 うつむいていたあの人に助けてみせると、手を伸ばすことができなかった。

 僕は、迷ってしまったのだ。

 視界がぼやける。瞼の裏が尋常じゃないほど熱い。

 格好悪い自分、みじめな自分、傷付けた春姫さんに助けられてしまった自分。

 何より、何も決められず彼女達から逃げ出した自分。

 壁についていた両手が震えながら拳を作る。

 悔しさと、情けなさと、後悔で、頭がどうにかなってしまいそうだった。

「ベル、殿っ・・・」

 僕の側で、命さんも涙に滲んだ声を必死に押し殺す。

 この人もまた苦しんでいる。

 春姫さんとの想いと、神様達との絆との間で。

 肌に指を食い込ませる握り拳が、何も決断できなかった自分自身のことを責めていた。

 彼女ともども涙を堪えながら、無力感に支配される。

 「僕はっ・・・!」

 どうすればいい、どうしたらいい?

 保身に走って春姫さんを見捨てるのか。

 神様達を危険な目に遭わせられないと、全てを忘れて背を向けるのか。

 それとも、捨てきれないこの自分の我儘を貫き通すのか。

 がなり立てているこの胸の叫び声に、耳を貸すのか。

 止まらない懊悩、背反する選択肢、切り捨てなれない想い。

 

 

 

出口のない迷宮をさまよう中、時間だけが無慈悲に過ぎていく。

 遥かな頭上の空が、黄昏から満月を待つ宵闇へと静かに変えようとしていた。

(誰かっ・・・)

 誰か教えてほしい。

 人でも、精霊でも、神様でもいい。

 僕はどうすればいい、どうしたらいい。

 僕は、どうしたいんだ。

(__あの人がいたら)

 祖父がいたら。

 あの育ての親がここにいたら、僕に何と言っただろう。

 困っている女の子がいると知って、こうして岐路に立たされている今の僕を見て、あと人はなんと言うだろう?

 壁から手を離し、その場で立ちつくしながら、心の奥底へ自問する。

 ねぇ、助けたい人がいるんだ。

 もう、失いなくない家族もいるんだ。

 僕はどうすればいいと思う?

 僕はどうしたらいいと思う?

 今も胸から溢れ出しそうなこの想いを・・・叫んでもいいと思う?

 心の奥に眠っている、子供の頃の記憶に呼びかけて、問いかけて。

 そして。

 心の奥に浮かび上がるあの人は。

 記憶の中の祖父は__唇だけを吊り上げた。

 

『__行け』

 

憎たらしいくらいの笑顔で、そう告げてきた。

 「ッッッ!!」

 瞳に火が灯る。

 右手があらん限りに握り絞められた。

『女子の一人も救えず、何が男だ』

 言う。

 あの人なら、絶対そう言う。

 あの祖父なら、絶対に僕の背中を押し飛ばす!!

(__そうだ)

 決めろ。

 決めろっ。

 決めろッ!!

 馬鹿にされたって指をさされたって、それは恥ずかしいことなんかじゃない!

 一番恥ずかしいことは、何も決められず動けないでいることだ!!

(僕は__)

 __行こう。

 彼女を助けに。

儚く笑うことしかできない、あの人を救いに。

「・・・ごめんなさい、命さんっ」

「僕は、あの人を助けたい」

 

「し、しかしっ、春姫殿を助けたとしても、その後どうするのですか?大派閥はずっと自分達__ 」

「都市(オラリオ)から、逃げ出します」

 恐怖で顔を震わせながら言った僕に、命さんは愕然とする。

 神様達には、死ぬほど謝ろう。

 謝って、都市を追われるハメになった時、それに甘んじよう。

アポロン・ファミリア】の時とは違う。

 一人の女の子を助けるために、都市を出る。

「都市から逃げ出して・・・必ず帰ってきます」 

「えっ?」

「強くなって__あと人を守れるくらいっ、今より強くなって!!」

 そして、必ず帰ってこよう。オラリオに。

 いくら時間がかかっても、憧憬への遠回りの道だとしても。  

 春姫さんを守れるだけの力を身に付けて、絶対に、この都市に戻ってくる。

春姫さんのあの美しい金の髪を見て、僕は最初に誰を連想した?

 誰を心の中に思い浮かべた?

 もしここで春姫さんを見捨てたなら・・僕はあの憧憬の剣士と会う度に。

 きっと春姫さんの姿を思い出し、彼女の前に立てなくなるだろう。

 憧憬に相応しい男になったと、胸を張ることなど叶わなくなるだろう。

 春姫さんも、仲間も、憧憬も、決して諦めはしない。あがき続けてみせる。だから__。

 

 

 

格好悪くていい。

 泥だらけになっても構わない。

 これっきりでいい。

 なろう、あの人の『英雄』に。

 娼婦であろうと破滅だろうと、その手を掴み取ってやれる、彼女が憧れた『英雄』に。

 

 

 

6章(英雄切望)

【憧憬一途】(リアリス・フレーゼ)。

 成長速度に影響を及ぼす未確認の『レアスキル』。

 イシュタルは戦慄した。

 その効果内容もさることながら、視界に叩きつけられた少年の本質___正体に凍りつく。

 能力を発現させてしまうだけの想いの丈。

 成長速度を促進させるほどの懸想の絶対量。

 いかなるものにも染まらない純白な、ド一途な憧憬。

 

 

 

 第二級冒険者である相手と同じ土俵にいる限り、突破口だけは開けない。そう確信する命は誇りも矜持も、闘う相手への礼節さえも、彼方へとブン投げた。

『いいか、命。忍者は__汚い』

 脳裏に蘇るのは、武神(タケミカヅチ)の声。

『奇襲、騙し討ち、罠・・・あらゆる術を駆使して目的を達成する、それが忍だ』

 厳しい顔をして己が敬愛する神は言った。

『だから、はっきり言って生真面目なお前には合わないだろう』

 教えるのは気が進まないと言う彼は、だが、と付け加えてくれた。

『忍の多くは忠義をつくす。それは守るべき主君が、大切な者がいるからだ』

 そして武神(タケミカヅチ)は笑った。

『戦場に大切な者がいたなら__生真面目で優しいお前は、きっと誰よりも忍になれる』

 忠義を。

春姫への忠義を。

 彼女を救うための術を!!

 

 

 

「英雄譚」

「え・・・?」

「貴方が言っていた英雄の話を思い出して、決めました」

 突然の言葉に春姫が顔を上げる中、ベルは揺らぐことのない声を紡ぐ。

「貴方を助けてみせるって」

「なに、を・・・」

「助け出して、貴方の言葉は間違ってるって・・・そう言ってやるって決めました」

__そんな卑しい私をどうして英雄が救い出してくれるでしょうか?

__英雄にとって、娼婦は破滅の象徴です。

遊郭で少女が言ったその言葉を否定するために、自分はここに立っていると。

 「僕と貴方が憧れた『英雄』は__そんなんじゃないんだって!」

「例え娼婦でも、破滅が待っていても『英雄』は見捨てない!」

「う、うそっ、そんなの・・・」

「恐ろしい敵が待ち受けていたって、『英雄』は戦いにいく!」

「違う、だって・・・」

そんな『英雄』に憧れた僕がっ、僕達が貴方を守ってみせる!!」

 

「私はっ・・・私は娼婦です!?」

  次には己にかけられた呪縛の言葉を吐き出した。

「貴方達の重荷になりたくない!?汚れている私に、そんな価値ない!!」

 そんな少女の哀哭に、ベルは眦を吊り上げる。

「僕達が何もできないとか、自分に価値がないとか決めつけるなよ!?」

「__っ!?」

 初めて上げられた怒声に春姫が声を失う中、ベルは言った。

「馬鹿にされても指をさされても、汚れていたって、それは恥ずかしいことなんかじゃない!」

 祖父の教えを。

 今も心に根付いている言葉を、ベルは春姫にぶつけた。

「一番恥ずかしいことは、何も決められず動けないでいることだ!!」

春姫の瞳が一杯に見開かれる。

「僕はまだ、貴方の願いを何も聞いちゃいない!」

言葉を届けるベルは__手を伸ばすベルは、春姫へと叫んだ。

「貴方の本当を教えてください!!」

 

 

 ヘルメスが少年にもたらしたのは『殺生石』の情報のみ。

 明確な助言は何も与えず、少年の意思に全ての決定を委ねた。

 ベルがイシュタルのもとから逃げ出せば、フレイヤは動かなかっただろう。ベル次第で__本人のあずかり知らないところで状況は二転三転もした筈だ。こうはならなかった筈だ。

 だが彼は向かった。一人の狐人を見捨てず、助けるために。

 蛮勇ではなく、全てを失わない覚悟をもって。

 

 

 

「人も、神々も・・・あんな一人の女の子だって求めている。みんなそうさ」

 「世界が望む悲願のために・・・オレはベル君を選ぶ」

「【ロキ・ファミリア】でも、【フレイヤ・ファミリア】でもなく?」

「そうさ」

「ゼウス、貴方が成し遂げられなかった使命はこのヘルメスが、いやこの地(オラリオ)が成し遂げよう」

「オレ達が、彼を最後の英雄へと押し上げてみせる」

「そのために・・・イシュタルとその眷属達よ、礎となってくれ。なぁに、きっと死にはしないさ」

 英雄のためならば。

 ヘルメスは、美の女神の嫉妬と確執さえ利用してみせよう。

「・・・ゼウス、オレはあの白い光に全てを賭けるぞ」

 階層主を倒してみせた純白の極光。少年の魂の輝き。

 ヘルメスに予兆を感じさせた、少年の、【眷属の物語(ファミリア・ミィス)】

 

 

 

7章(ゴッデス・ウォー)

(こういうとき、なんて言うんだっけ・・・)

 抱き起こした姿勢で春姫を両手で支えながら、ベルはぼんやりと考えた。

 彼女が好きそうな英雄譚を思い出しながら参考にする。

 そして・・・結局。

 最もありきたりで、最も単純な言葉を口にした。

「貴方を、助けに来ました」

 見開かれた春姫の仁美が涙をこぼし、次には、一杯の笑みを咲かせる。

 儚さが消えた少女の本当の笑顔に、ベルもまたくしゃっと思い切り破顔した。

「ありが、とうっ・・・英雄様」