ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 6巻 【重要文&名言集】
ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか6 (GA文庫)
- 作者: 大森藤ノ
- 出版社/メーカー: SBクリエイティブ
- 発売日: 2015/02/12
- メディア: Kindle版
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ブログを始めるきっかけとして、前回はソードオラトリアの現最新刊(2017/9/27時点)を書かせてもらいましたが、今回からは、アニメで放送されていない巻、6巻から書いていこうと思います。そして今回からは名言のみにしました。
目次
1章(憤激の兎)
1 誉めてくれる声やその尊敬の眼差しは、とても気持ち良くて、嬉しかったけれど、自信を持って胸を張ることは難しかった。
賭けてもいい。
あの戦場で共闘していた誰か一人でも欠けていたら、僕はここいになかったと思う。
【英雄願望】のおかげで止めこそ刺せたけれど、一撃を放つまで無防備だった僕を庇っていてくれたのは、他ならないリューさん達だ。階層主はもとより、周囲にいたモンスターの群れに襲われれば一溜りもなかった筈。
沢山の人達に守られて、助けられて。 【ファミリア】の垣根を越えて一致団結できたからそこ、勝利をもぎ取ることができたのだ。
__とりわけリューさんの活躍は著しく評価された筈だ。階層主との交戦で発生した【経験値】の大半は彼女のものになったに違いない。
完璧な独力。
仲間を庇うため巨大な怪物をたった一人で迎え撃つ・・・英雄譚の一場面にも迫るその偉勲に、今更ながら 畏怖を覚える。
「君がボクのために怒ってくれるのはとても嬉しいよ。でも、それで君が危険な目になってしまう方が、ボクはずっと悲しいな」
「ベル君の気持ちはわかるんだ、逆の立場だったら、ボクも火を吐くほど怒る。でもそれで相手と喧嘩したボクが、ボコボコになって帰ってきたら、ベル君はどう思う?」
「・・・泣きたくなります」
「だろ?ボクも同じさ。少し不公平かもしれないけど、主神を馬鹿にされたって腹を立てないでくれよ。神ってやつは、子が息災であることが一番嬉しいんだ」
「今度は笑い飛ばしてやってくれよ。僕の神はそんなことで一々怒るセコイやつじゃない、懐が広いんだ、って」
2章(shall we dance?)
「ベル君は、どうして冒険者になったんだい?」
僕は一瞬口ごもった。『ダンジョンに運命の出会いを求めて〜!』とか『英雄になる夢が捨てきれなくて~!』とか、今更ながらアレな理由を語るのに羞恥を覚える。
「祖父が・・・育ての親が、亡くなる前に言ってて・・・『オラリオには何でもある。行きたきゃ行け』って」』
「へぇ?」
「オラリオにはお金も、その、可愛い女の子との出会いも、何でも埋まってる・・・何だったら女神(びじん)の【ファミリア】に入って、手っ取り早く眷族になるのもありだって」
「____ははははははははっ!」
「『英雄にもなれる。覚悟があれば行け』・・・そう言われました」
誰の指図でもない、自分で決めろ。
まだ小さかった僕に、生前の祖父は一度だけそう告げた。
それが、僕がオラリオに来た理由。冒険者になった訳。
祖父を失った僕は、祖父が残した言葉を考え、悩み、決めたのだ。
温もりが欲しくて家族を求めて。
幼い頃からの憧れを__祖父との絆(思い出)を__叶えたくて出会いを求めて。
そして英雄への憧憬もまた、心のどこかで抱いたまま、オラリオにやって来た。
「話す必要はないと思うけど、この迷宮都市はダンジョンという試練(恩恵)に恵まれ事実上世界最強の冒険者達が揃う。オラリオには、自分達の地底から抜け出した彼のモンスターを討たなければならない責務と、資格があるんだ」
オラリオの純粋な勢力は世界の中でも飛び抜けている。それはダンジョンというモンスターの巣窟が冒険者たちを鍛え上げ、【ランクアップ】の機会を絶えずにもたらしているからだ。地上に住み着いた祖先から劣化した怪物や人間同士では、どうしたって【経験値】___そして試練の数も質も限られてくる。世界の各地で強者と称えられる人達の能力はLv.2やLv.3が精々であるらしい。
凛々しい彼女の表情からこぼれて落ちた、幼い少女の笑顔。
多分、きっと___【剣姫】なんかじゃない、本当のアイズさん。
僕は、笑うことができているだろうか。
嬉し過ぎて、顔が変になっていないだろうか。
微笑アイズさんに瞳を震わせながら、腰と肩に手を添え合ってワルツを踊る。
3章(勃発)
下界の者が『神殺し』をするのが禁忌、絶対の規則である。神に手を下せるのは神のみだ。
神々は致命傷を与えられると、封印している『神の力(アルカナム)』が発動し肉体が生命維持される。つまりそこから『神の力』を使用したと見なされ、天界に強制送還されるのだ。
「アポロンが本気になった以上、このままびゃボク達に未来はない。打開する手段は二つ、勝ち目のない戦いに臨むか__このオラリオから逃げるか」
「・・・っ!!」
「ボクは君がいてくれるなら、どこに行こうがへっちゃらさ。例え追われることになっても、相手が諦めるまで、君と一生逃避行を続けてやる」
覚悟のほどを告げるヘスティア。
住み心地の良いこの土地も、得た仲間達の存在も心惜しいが、ベルがいてくれるならどこへ行ってもどこで暮らそうが構わない、と心の内を明かす。
(神様と、オラリオを出て、遠い場所で暮らす・・・?)
事実、それがベルとヘスティアに残された最後の選択であるのかもしれない。
想像する。
たった二人、ヘスティアとともに広い世界を旅していく光景を。
風車の回る牧歌的な村で、素晴らしい青空に包まれる丘の上で、海原が見える港街で。
白い衣服(ワンピース)と帽子を被ったヘスティアと、荷物を背負う自分が笑い合う姿を。
それはなんて優しくて、心休まる情景なのだろう。
なんて胸がときめいて、心温まる夢の旅なのだろう。
ありえたかもしれない、ありえるかもしれない二人の未来だ。
(でもっ・・・!)
そこまで胸を揺らされていたベルの脳裏に、この都市で出会った者達の顔が次々と浮かんでは消えていく。
彼等と肩を組んで分かち合った笑みを、彼女達に支えられた沢山の微笑みを。
あの冒険の日々と、今日までの出会いの数々を、すべて思い出す。
そして、心の奥に蘇る憧憬の姿。
きっと始まりだった、金髪金眼の剣士との出会い。
少女の横顔が、胸の奥から離れない。
彼らの剣幕と仲間を利用することへの怒りに触れ、ベルは本気で怯え、体が後退しかけてしまう。
自分の中でも、恥知らずな真似をしている自覚はあった。
しかし、背に腹は代えられなかった。
許された時間の中で限界まで自分を磨くには、あの強敵のいる高みに肉薄するには、アイズにもう1度師事するしかない。過去、ベルが宿敵(ミノタウロス)を撃破するに至った基礎を築き上げたように。
連れ去られたリリのことが脳裏に掠め、尚更焦燥感が募る。彼女を助けに向かわずにここにいる自分が、時間を刻一刻と浪費することに耐えられない。
4章集う者達)
ありえる筈がない。どうして足を引っ張ってばかりのリリが、勝利に貢献できるだろうか。
これまで他者に虐げられ、踏みにじられ、色々なものを奪われてきた小人族(パルゥム)が、暗い感情に駆り立てられ薄暗い悪事に手を染めてきたこの自分が。
どうして、彼等の救いになどなれるだろうか。
ヘスティアは戯言を言っている。
「勝つには君がいないと駄目なんだっ、君じゃないと駄目なんだ!」
しかし、彼女は訴えていた。
今まで必要とされなかったリリを、女神は必要としていた。
少年だけが助けてくれた自分に、少年だけが必要としてくれた自分に__今度は、君が少年のためにと。
ヘスティアは、リリに助けを求めていた。
「お願いだ、ボク達を____ベル君を助けてくれ!!」
走った。
その場から弾かれるように、リリは駆け出した。
石造りの狭い廊下、薄暗い通路、音を立ててひた走りながらヘスティアの叫びを反芻する。
弱くて小さいリリにできるわけがない。役立たずのリリにベル達を助けられる筈がない。買い被り過ぎだ。ヘスティアの言っていることは神のくせに全て的外れである。
(でもっ・・・・!)
必要だと言ってくれた。
助けてくれと懇願されたり
他でもないリリに。
誰からも必要とされなかった自分を、必要としてくれている人達がいる。
言葉にできない感情がリリの体を突き動かす。今も戦っているヘスティア達を助けたいという一念が、行って、と全身へ叫びかける。
何事にも代え難い多幸感。色々なものが削がれては消えていき、それまで抱いていた使命も想いも、リリの中からすべて忘れ去られていった。
視界が白く濁っていく。
体の感覚も、意識も、心も。
濁って、濁って、濁っていく。
そして、何かもが白濁色に染まっていく中、リリが最後に見たものは。
少年の白い笑みだった。
「_______」
上が止まらなくなり、『神酒』を追い求めるだけの獣に成り下がる直前。
白濁色に染まった視界の中で、自分を救い出してくれた、あの時の少年の笑顔を見つける。
塗り潰されていく心の一番奥底で、最後に残っていたものは、彼の笑みだった。
はねのけた。『神酒』の魔力を。
万人を虜にし、数え切れない者達を惑わした神の美酒に。脆弱であった筈の少女が、打ち勝った。
『恩恵』の昇華を経てない低次な身であるにもかかわらず、胸に宿す意志だけで、ソーマの呪縛に抗った。
「リリは、あの人達を助けたい!!」
懇願と想いをリリは叫びかけた。
泣きじゃくる子供のように。
絆を自らたぐり寄せた、灰被の少女のように。
「神様に教えてもらわなくたってわかる、リリはっ、今のために生まれてきたんだって!」
リリは、忘れないだろう。
例え死んでも、何度生まれ変わろうとも、地獄の底に落ちたとしても。
リリは、少年のことを忘れないだろう。
「この日ために、間違いを積み重ねてきたんだって!」
自分を救い出してくれたあの手の温もりを、抱きしめてくれた優しさを。
自分を許してくれたあの白い笑みを、決して。
例えリリがリリでなくなっても、忘れない。
この魂に焼き付けられたあの光景だけは、永遠に色褪せない。
「今度は、リリがあの人の力にならなくちゃ!」
笑顔と初めての温もりを与えてくれたベルの姿を想起しながら、リリは訴えた。
間違いだらけの灰色の過去に後悔と虚しさを抱きながら、それでも今のために叫び続ける。
「リリが、あの人達を助けなくっちゃ!!」
「・・・少女(あれ)は、本当に俺が『恩恵』を授けた眷属なのか?」
記憶にはない強い眼差しを浮かべる己の眷属、見違えてしまった少女に、疑問と困惑を呈するソーマ。
振り返ったヘスティアは、怒気を滲ませた口調で言い返した。
「紛れも無く、君が勝手に失望して、見限って、放り出した眷属の一人だ。君が捻じ曲げたおかげて強くなった、小さな女の子だ」
君に見捨てられ、どれだけたくましくならざるをえなかったか、と。
青みのかかった瞳を吊り上げ、ヘスティアは口を噤むソーマを睨みつける。
「あの子が変わった意味を、もう一度よく考えろ」
「自分を、ベル殿達のもとに行かせてください!」
その訴えに、タケミカヅチは瞠目する。
「自分は、一度死地に追いやった彼等にまだ何も返せていません!約束も交わしました、お互い助け合おうと!」
そして命は、切実な声で体を震わせた。
「自分は、今度こそ、彼等を見捨てたくありませんっ・・・・」
心の内を吐露する少女の姿に、呆然としていたタケミカヅチは。
ゆっくりと、体から力を抜いた。
(考えていたことは、同じか・・・)
少女の思いを理解してやれなかった、短い付き合いでもないだろうに、情けない、と。
タケミカヅチは苦笑して、そしてすぐに優しげな笑みを浮かべる。
ふぅ、と吐息をすると命の肩が揺れる。
主神である彼は天井を見上げ呟いた。
「一年か・・・長いな」
はっと命は顔を上げる。
【ファミリア】の規則だ。派閥を移籍した者が新たに『改宗(コンバージョン)』するには、一年の期間が必要となる。
その呟きの言外の意味を受け取った命は、顔を見る見る内に明るくさせた。
「急がば回れ、ってな。ヘスティア達のもとでここにはない色々なことを学んで、また戻ってこい」
「___はい!」
笑いかけるタケミカヅチに、命は跪き拳と手の平を合わせる。
少女は帰ってくるその日のために、【ファミリア】のエンブレムを主神に預けた。
「お別れを告げにきました」
瞳を閉じ、彼は言う。
「【ヘスティア・ファミリア】のもとへ行くことを許してください」
それは懇願ではなく、既に固まった意志からくる申し出だった。
退団すれば『ヘファイストス』の鍛冶師を名乗ることは許されない。念願の上級鍛冶師へと上がり詰め、【HØpistos】の文字列を刻む資格を手に入れたにもかかわらず、彼はそれら栄誉をなげうってまで女神のもとを去ると言う。
感情の動きを見せない表情で、ヘファイストスは尋ねた。
「そんな勝手な真似を、私が許すと思っているの?」
「自分が敬愛する女神は、ここで出ていかなければきっと叱りつけてくるでしょう」
すかさず、ヴェルフが答える。
表情を変えずヘファイストスは更に問うた。
「血筋にまつわる全てを見返して、『魔剣』を超える武器を作りたいのではなかったの?」
「槌と鉄、そして燃えたぎる情熱さえあれば、武器はどこでも打てる。それを教えてくれたのは、貴方です」
女神のもとを離れても、名を馳せてみせ、いずれ至高に辿り着く。
ヴェルフは再び淀みなく答えた。
「貴方をそうまで駆り立てるものは、一体なに?」
最後の問いに、ヴェルフは顔を上げ、笑った。
「友のため」
断言された言葉に、ふっとヘファイストスも笑みをこぼす。
「いいわ。許しましょう」
ヘファイストスは立ち上がり、いくつもの金槌が並べられた棚に近付く。
自身の髪、そして瞳の色と同じ、紅の鎚を手に取った。
跪いているヴェルフのもとまで行き、その鎚を彼の眼前に突き出す。
「餞別よ。持っていきなさい」
鍛冶師の魂を差し出し、送り出すヘファイストスに、ヴェルフはもう一度笑みを浮かべ、深い礼を取った。
「お世話になりました」
黒い着流しを揺らし、背を向ける。
ヴェルフは迷いない足取りで部屋を後にし、崇敬する女神のもとを発った。
「モンスターと、人の戦い方は違う・・・」
「は、はい」
「モンスターはいつも本気で襲いかかってくるけど・・・人は様子を窺って、動きを読もうとしてくる」
常に全力で殺しにかかってくる大多数のモンスターとは異なり、確かに人は先を読むという予測、駆け引きをもって度々戦闘に臨んでくる。お互いの実力が近いほど、一層それは著しい。
「人は隙を見つけると、動きが単純になることがある。さっきの君みたいに」
「・・・!」
「止めの一撃は、油断に最も近い・・・私はそう教わった」
人は絶好の機会を見つけた時、慢心と油断、更に隙を晒し返してしまう。
決定打を見舞う際はそれが顕著である、と。
「追い込まれたその先が、一番の好機にもなる。忘れないで」
「フレイヤ様、命じられていた物品が準備できました・・・フレイヤ様?」
「・・・ふふっ」
銀の瞳が魅入るのは、市壁の上で今もなお続けられている熾烈な修行風景だ。
金髪金眼の剣士と大双刃を振り回す女戦士、彼女達二人を白髪の少年は同時に相手取る。三つの影、三つの『輝き』が入り乱れるその光景に、フレイヤは恍惚の息をつく。
アマゾネスの少女に吹き飛ばされては、ヒューマンの少女に斬り伏せられる、少年のその姿をみじめとは思わなかった。
なぜならば叩かれることで少年の魂はきらめいていく。まるで鍛冶師の鍛錬によって不純物が取り除かれる金属のように、純白の『輝き』が引き出されていく。
これまでも、これからもフレイヤを夢中にさせる少年の光。刻一刻と輝きを増す白兎の姿に彼女は酔いしれるように視線をそそいだ。
「・・・本当に、アポロン派の行動に目を瞑ってよろしかったのですか?」
「ふざけた真似をするようなら潰そうかと思っていたけど・・・止めるわ」
「代理戦争(これ)の行方を見守らないのは、もう神なんかじゃないもの」
「私達の酒場を懇意にして頂いている冒険者様から譲ってもらって・・・お守りです!」
目を見開くベルに、彼女はなおも言葉を送った。
「頑張ってください!また、私達のお店に来てください!」
徐々に馬車から離され、転びそうになりながら、シルは最後に叫んだ。
「お、お弁当を作って、待ってます!」
恥ずかしそうに頬を紅潮させる酒場の少女に、ベルは破顔した。
窓から身を乗り出し、遠ざかっていくシルに腕を振る。足を止めた彼女は右手を胸に置き、馬車が都市門へ消えるその時までこちらを見守っていた。
「・・・・・」
座席に腰を下ろし、手の中で美しく輝く首飾り(アミュレット)を見下ろす。
ベルは首にかけ、服の胸もとの中に入れたり
___勝とう。
___勝って、帰ってこよう。
都市に残る者達の顔を思い浮かべながらベルは心に誓う。胸もとの首飾りをぎゅっと片手で握り締め、知れず笑を浮かべた。
5章(僕等のウォーゲーム)
エルフの森もまた灰燼に返した『クロッゾの魔剣』。一族の怒りと恨みを纏い「同胞の里が焼かれたことをしらないのか!」と怒鳴り散らす彼に、覆面の冒険者___リューは、顔色を変えず次の一撃で敵の短剣を叩き折った。
「____」
「生憎、一族の怨讐より私には大切なものがある」
時が止まった相手に、淡々と言葉を告げ、踏み込む。
「友を助けることが恥だと言うのなら、いくらでも甘んじましょう」
戦慄する同胞へ、リューは一閃を見舞い、撃破した。
___クラネルさん。私は力を貸すだけです。
敵が散発的に襲いかかってくる中、ベルの脳裏に昨夜の光景が蘇る。
古城から離れた森で過ごした決戦前夜、月明かりの下で歴戦のエルフの戦士はそう告げた。
___この戦いは派閥(ファミリア)である貴方達の手で、いえ、貴方の手で決着をつけなくてはならない。
急造の『魔剣』で力押しに城を攻略することを、ベル達は避けた。砦の防御力と敵の力を計算した上で、【疾風】を犠牲にするやり方も止めた。
だが、それらは前提に過ぎなかった。
きっと、誰もが望んでいる。
ヘスティアも、リリも、ヴェルフも、命も、観衆も、恐らく神々さえも___そして何よりも、ベルが。
少年(じぶん)の手で決着をつけることを、自他ともに望んでいる。
___僕は、あの青年に勝ちたい。
胸に灯るのは意地だ。
敵わなかった悔しさと、人知れず流した涙、次こそはという雄叫び。
酒場、街中、そして今日。三度目の再戦をもってベルはあの男を超えに行く。
雪辱を果たすために、主神と約束した勝利を掴み取るために、その高みの先へ行くために。
ベルは今日、己の手で決着をつける。
何か切っかけがあるのだろうか、蓄力(チャージ)の出力は以前と変わらない、記憶があやふやになっているあの時、自分は男神(だれか)の言葉を聞いたような気がする。
そして再起し、憧憬を燃やし、願望を吠えて__そこまで思い出したベルは、切っかけが何なのか唐突にわかったような気がした。同時に、常に引き出せるものではないと漠然と理解する。
それに、今は必要ない。
「・・・っ!」
【英雄願望】の引鉄、思い浮かべる憧憬の存在は、『戦士アギレス』。
怪物に占領された要塞を陥落させるため、その命が燃え尽きるまで敵を討ち続けた、不死身と謳われた大英雄。
神速とも称えられた英雄の勇姿を胸に、ベルは右手に光を収斂させる。
ベルの体感時間が極限まで引き延ばされる中、遠く離れたオラリオで。
ヘスティアの瞳が恐怖に染まる。
エイナが青ざめ、シルは硬直し、ヘルメスは目を逸らさず、ベートは舌打ちをした。
そして、ティオナが息を押し殺す横で__アイズの金の瞳は。
少年の深紅の瞳と同じ、あの日の光景をその目に映していた。
(______)
夕焼けに染まる市壁の上で、二人の影を重ね合いながら。
彼女は言った。少年は聞いた。
___人は隙を見つけると、動きが単純になることがある。
彼女が語り、少年が教えられた助言の内容。
__止めの一撃は、油断に最も近い。
蘇る回想を、偶然に、必然に、二つの心が共有する。
__追い込まれたその先が、一番の好機にもなる。
私は教えたよ。少年は胸に刻んだ。
__忘れないで。
だから、まだ。
((ここから))
「今まで、お世話になりました・・・」
皮肉でも恨み節でもなく、けじめを付けるためにリリはそれを口にする。
背中に女神の『恩恵』が刻まれているリリはもう【ヘスティア・ファミリア】の一員だ。もう【ソーマ・ファミリア】の団員ではない。
ローブですっぽり覆われた小さな体で礼を取り、顔を伏せがちにして、碌に視線も合わせられないまま、ソーマの前から辞する。
「・・・」
背を向けて部屋の扉に向かっていく少女に、立ったままでいるソーマは何事かを考える素振りをした後・・・その後ろ姿に、声をかけた。
「リリルカ・アーデ・・・すまなかった」
びくり、とリリの体が扉の前で立ち止まる。
長い前髪のせいで全く表情が窺えない男神は、最後に告げた。
「・・・体には、気を付けなさい」
初めてかけられた、主神の言葉。
静かに、ゆっくりと、リリの栗色の瞳が潤む。
ずっと前に聞きたかった、でも最後に聞けて良かった、と振り向けないままうつむく。
自分の名前を覚えていた主神に、「はい・・・」と震える声で返事をした後。
今度こそ、部屋を後にした。